こんにちは、CTOの長谷川です。コロナパンデミック対策の一環として、アップルとグーグルが協業してContact TracingのAPIを共同開発すると発表したので、どんなAPIなのか読み込んでいました。Contact Tracingとは、コロナ陽性となった人物と接触があったかをユーザーに知らせることができるというサービスです。個人情報を保護しながら接触情報をトラッキングできるというAPIです。
サービスは二段階に分けて提供するとしています。第一段階では、APIを公開して、公的機関などが開発するアプリの中で活用できるようにします。第二段階では、OSの中に組み込んでiPhoneとAndroidのユーザー全員が任意でサービスに加入すれば誰でも通知を受けることができる体制にするとのことです。
機械学習を実践する者としては、どのようにしてFalse Positiveを最小化するのかというところがまず気になりました。なお、ここでいうFalse Positiveとは、偽陽性、つまり実際は接触していなかったのに、接触があったと知らせてしまうことを指しています。偽陽性が多いと、いたずらに民衆の心配を煽り、病院への駆け込みが増え、医療崩壊につながるという逆効果に繋がりかねません。その観点でAPI文書を読んだところ、接触を検知するためのAPIで2つのデータ項目が浮かび上がってきました
attenuationThreshold
: Bluetoothの減衰で接触の距離を推定した場合の隣接度のしきい値です。どれだけ相手が近かったかを推定するために使います。durationThreshold
: どれだけの時間接触があったかを設定するしきい値です。発表によると、まずは「5分」という設定がなされるようです。Bluetoothによる接触距離の推定の良いところは、例えば壁などを隔てるとほとんどBluetoothのシグナルが届かないため、例えばマンションの1室に感染者が出ても、その上下左右に居住している隣人は接触とみなされないケースが多いと思われることです。逆に、例えば向かい合って話していても、電話の向き次第でかなりの減衰になってしまう可能性もあります。
この技術は分散型の接触通知プロトコルなので、個々のデバイスが主役になって感染者との接触を検知します。サービスに加入したデバイスは「ビーコン」というIDを常に配信し続け、また、他のデバイスのビーコンを検知し、接触した相手ビーコンをデバイス上に保管します。感染者が感染を自覚すると、APIを通して感染通知を出します。すると感染者の過去2週間分のビーコンがサーバーにアップロードされます。最後に接触通知サービスに加入している個々のデバイスが1日1回「感染者のビーコン」をサーバーからダウンロードし、それぞれのデバイス上で接触があったかどうかをマッチングします。
このような設計により、特定の企業や組織が全てのデータを収集し、データを悪用したりすることをプロトコルレベルで防いでいます。そういう意味では仮想通貨に似ているとも言えます。また、接触ビーコンは20分おきに新たに作られ、悪意を持った者が例えばビーコンを検知して特定のユーザーの動きを全て捉えるということができないようにされています。
このAPIは時間と日付に関する情報とBluetoothに関する情報は取り扱いますが、場所に関する情報を完全に排除しています。従って、通知を受ける側は「いつ」接触があったかを通知されますが、「どこで」接触があったかは分かりません。これは個人情報保護のための重要な要素です。
データ分析の観点からは、例えば場所の情報などがなくても、何人との接触があったかなどの統計を見ていくことで、今後の感染予測に大きくプラスの影響が出るのではないかと思います。このデータを公的機関がどう活用してコロナとの戦いに役立ててくれるかが見ものです。例えば、無症状病原体保有者の感染力の理解を深めることができるかもしれません。無症状の人からでも感染するということはもうほぼ確実ですが、どれくらいの濃度の接触があれば感染するのかはまだ完璧に解明されていません。無症状の人も検査するようになってアプリに陽性登録するようになれば、その疫学的理解に貢献できる可能性があるかもしれません。
全体の感想としては、とても完成度の高いAPIで、期待が持てると感じました。不確実な人間の記憶を頼りにした接触歴の洗い出しよりは、確実に感染者との接触を高精度で洗い出せることが期待されます。運用段階でBluetoothでは乗り越えられない精度の問題なども出てくると思うので、その学びを次世代のモバイルに反映してくれればと願っています。例えばWatchで、健康に関係するデータと接触のデータを加えることによって、より高精度に個々が感染しているかどうかの判断をするなど、様々な展開が考えられます。この危機が更なるモバイルとAI技術の革新に繋がることを切望します。
内容がもっと気になる方はFAQがよく書かれているので、ぜひご覧になってください。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
毎週水曜日、アメリカの最新AI情報が満載の
ニュースレターを無料でお届け!
その他講演情報やAI導入事例紹介、
ニュースレター登録者対象の
無料オンラインセミナーのご案内などを送ります。