日経クロストレンド 石角友愛×松尾豊東大教授対談連載 第4回「東大松尾教授が【データ活用が遅れる日本】を良しとする理由」
新型コロナウイルス対策にAI(人工知能)やディープラーニング(深層学習)をどう 活用するか。海外に比べて法律や制度が未整備の日本の現状について、米シリコンバ レーを拠点に企業のAI活用・導入を支援するパロアルトインサイトの石角友愛CEO (最高経営責任者)と、ディープラーニング分野で日本をリードする東京大学大学院 工学系研究科・松尾豊教授が議論する。
石角 前回に続いて台湾当局の対応について、お話しします。私が一番面白いなと思ったのは、大型クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」における対応です。
ダイヤモンドプリンセスは日本に到着する前に台湾へ寄港していたのです。日本に着いて、感染が広がったとニュースになった後、台湾当局はダイヤモンドプリンセスから下りた乗客が、台湾のどこに行ったのかをモバイル情報で把握。感染リスクのある台湾市⺠全員にテキストメッセージで送っています。「何月何日何時にこのエリアにいた人は、リスクがあるから病院に行ってください」と。モバイルとロケーションデータを活用して、ここまでやるというのはすごいですよね。
日本はプライバシーの問題で難しいかもしれませんが、感染経路を可視化できないのは大きな問題です。日本でもこれを機にロケーションデータなどの活用議論がなされるべきでしょう。
松尾先生は、政府のさまざまな会議に出席されていますが、そのような動きはありますか。
松尾 目の前の状況にどう対応するかが中心で、先を見据えた議論は少ないですね。 日本ももっと、そのような動きをしていくべきだとは思いますが、いかんせん準備が整っていない。そもそも政府や医療などのシステムが統合されていないと、機動的なサービスをつくれません。日本では歴史的に「自分の情報を政府に過度に使われたくない」と感じる人が多い。それがさまざまなシステムが分散している要因の1つになっています。
石角 あえてディセントラライズ(非中央集権化)しているということですね。
松尾 ITに対する理解が社会全体で低いこともあります。一方で、国が情報を握ったときにどういうことが起こるか。その心配がすごく大きい国なのだと思います。
『サピエンス全史』の著者として有名なユヴァル・ノア・ハラリ氏が「監視社会と地域の分断とのどちらを取るか」というニュアンスのことを言っています。監視社会、つまり国が力を持ちすぎることが本当にいいのか。一考すべきテーマです。
僕も、少し前だったら「データ活用を推進すべきだ」と言っていたと思います。でも最近は逆に、データ活用を推進する方向が強くなりすぎると、いろいろな問題が生じかねないと考えるようになりました。データが統合できていない日本の現状は、ある意味では「あり」なのかなと。
石角 AI活用という点で考えると、障害になりませんか。
松尾 すごい障害ですよ。位置情報をしっかりと使ってリスクを管理することは、少なくともこのパンデミックにおいては正しい。今後は、そういう方向に進むのではないでしょうか
石角 台湾ではSARS(重症急性呼吸器症候群)の後に感染症を予防する 「Communicable Disease Control Act」という法律ができて、中央感染症指揮セン ターという専門機関で保険データや監視カメラデータなど、すべてのデータを統合し、リアルタイムチェックができるようになっています。
必要なデータが究極的に一元化されたわけですが、国⺠はSARSでとても怖い思い をしたので、「仕方がないね。これは緊急事態だから」という認識です。もちろんデ ータは危機管理の担当者しかアクセスできないようになっており、これが安心感や納得感を与えています。
日本でマイナンバーの活用がうまくいっていないのは、データ活用に対して一個人として実感がないというのも大きい。 「政府がデータを統合すると、私の人生がどう良くなるのか」が分からない。
だから「こんな時には、この手順でデータを使うよ」ということが明示されれば理解はしてもらえるのでは、と思います。
松尾 方向性としてはそうでしょうね。
石角 ただ企業における議論がまだありません。例えば米ウーバーが使用しているようなトラッキングツールで人の動きを可視化できたら、
感染経路がもっと明確になっていたという議論があってもいい。
米CDC(疾病予防管理センター)のデータによると、米国で3月中にCOVID-19で入院した人の89%が持病持ちでした。しかもぜんそくなどかと思いきや、高血圧や肥満がほとんど。
また、シカゴやルイジアナは人口の30%しか黑人がいないのに、死亡者の70%を黑 人が占めていた。低所得者には高血圧や肥満が多いし、米国は所得が低いと保険に入れず、病院に行けないので死亡率が上がる。富の分配がうまくいってない証拠ですね。
こうした議論はデータがないと始まりません。日本ではどうでしょうね。
松尾 COVID-19の専門家ではないので、あまりコメントすべきではないと思うのですが、政治の思惑も絡んでいたりして、諸外国と比べると科学的な議論が少ない感じはします。
立場はいろいろでも、データに基づいて動くという、エビデンスベースの意思決定を浸透させる必要がある。 日ごろからそうでないと有事の際にも実行できないですよね。
石角 米国も自治体のリーダー、州政府のリーダー、連邦政府のリーダーと、いろいろな意見がありますが、最終的にはCDCのガイドラインに従う。感染症に関してルール作りのピラミッドが明確にあって、町中でも「CDCのガイドラインに従って○○しています」と書いてある。このように関連する組織、機関の役割分担がしっかりなされるべきでしょう。
法律ではなく、ソーシャルノルムに従う日本
松尾 一方で日本は自粛が徹底されていますね。うちの大学は今、4段階ある対策のレベル3で、必要に迫られている場合以外、研究室への立ち入りが制限されています。動物を飼っていたり細胞培養していたりするなど、研究に大きなダメージが及ぶ 場合を除き、立ち入ってはダメ。
一般の人も出歩いていませんが、これが法的根拠に基づいていないのはすごいことです。 法律ではなくソーシャルノルム(社会規範)に従う動機を強く持っていて、それが機能している。
一方で国の意思決定はあまり規律だっていない。とても変わった国だとまざまざと感じます。
石角 ある意味、草の根の力が強いということでしょうか。皆が納得して自粛しようとなったらルールや規律を守る。
日本の美徳であり強みですね。
松尾 日本はゴミの分別などもしっかりとやる。米国に住んでいたときは「とりあえずダストシュートに入ればいいや」
みたいな人が多かった。手洗いやうがいも、効果ははっきりしないけれども、日本人はやる。これがすごく有効に働いている。
石角 手洗いやうがいは日本だと保育園や幼稚園で習います。野菜はラッピングして売られているし、
公共の場では大きな声でしゃべらない。そんな日本の習慣が、今回は間違いなくポジティブに働いている。
頭ごなしのロックダウンより日本式のほうが、案外収束への近道かもしれません。
適応力のある会社は成⻑機会を得られる
石角 先日、COVID-19の感染規模予測について、AI研究者のリー・フェイフェイ氏 が講演で「チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ(CZI)」の研究者コメントを紹 介していました。それは「韓国やイタリアなどが実施している大規模な抗体検査はコ ストがかかるし、関係者の感染リスクも高い」というものです。
大規模な検査以外にも、過去の感染データなどからモデリングして潜在的な感染者を予測する方法やゲノムデータを 解析して感染の進行をモデリングする方法などもあるようですね。
松尾 デジタル化が進むと、これまで時間をかけていた作業が一瞬で完了する。コロナをきっかけに、そうした変化がいろいろな領域で起こる
ことを期待したいですね。
石角 経営者に、COVID-19の問題にAIを活用してはと話すと、「今はそれどころではない」という答えが多い。AIやビッグデータは“ぜいたく品”というイメージがあるようです。経営に余裕がある会社が、投資案件として実施する対象とでもいうような。実際はそうではないのに。
松尾 コロナ対策は⻑期戦になりますからね。もっとさまざまなことをオンライン化、デジタル化して効率化することが必要です。
石角 ええ。収束した後も元には戻らないと思います。ニューノーマル(新常態)と いう言葉がありますが、以前と同じやり方に戻ることはない。状況が刻々と変わる中で、求められるのは適応力です。適応力のある会社にとっては成⻑のチャンスが来ているのかもしれませんね。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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