日経クロストレンド 石角友愛×松尾豊東大教授対談連載 第5回「東大がオンライン授業をよしとする理由」
新型コロナウイルスの影響でエドテック(EdTech・教育×テクノロジー)化された 各国の教育業界。そこで今回はコロナ禍で注目されるオンライン教育や将来における AI教育の在り方などについて、米シリコンバレーを拠点に企業のAI活用・導入を支援 するパロアルトインサイトの石角友愛CEO(最高経営責任者)と、ディープラーニン グ分野で日本をリードする東京大学大学院工学系研究科・松尾豊教授が議論する。
石角 日本のエドテックについて、まずK12(幼稚園年⻑から高校3年生)にフォーカスしてお話ししたいです。
松尾 文部科学省がプログラミング教育に取り組んでいますが、もちろん大変良いことだとは思います。ただ、日本は多くの業界でいろんな利害関係が複雑に絡んでいると感じます。プログラミング教育に関していえば、まず問題点として考えられるのは、そのプログラミングを誰が教えるかということです。
石角 プログラミングを教える先生がいないんですよね。
松尾 そうです。本来ならば外部のプロがプログラミングだけを教えてればいいのですが、外部の人が教えることに関して、現場の抵抗感は大きいですよね。そうなると、プログラミングをやったことのない教員が、自分で勉強して教えないといけなくなるわけです。結果的に、外部の事業者からひとまず体裁を整えられる、あまり効果のないものを導入してしまうようなこともなりかねません。
石角 プログラミング教育導入のため、日本はとりあえずiPadを公立の小学校に配布するという名目で予算をつけました。iPadを配布して何をするかといった議論が活発 化していなかった中で、今回新型コロナの影響で日本も3月から全国一⻫休校とな り、小・中学校などオンライン化が迫られました。特に公立でもこの2、3カ月でオンライン化が進んだのではないかと思います。 例えば、公立小学校でスラックを連絡手段として使い始めたといいます。これまで日本の小学校は「連絡帳」で家庭と先生とのやり取りが基本でしたが、コロナで休校 になってから否が応でもデジタル化を迫られて、スラックで連絡が来るようになったという話を聞くと、本当にすごいことだと。
政府が5月25日に緊急事態宣言の解除を発表して、6月ごろから各学校が授業を再開しました。元に戻るのか、何かしらのデジタルツールが定着するのか、あるいはハイブリッドモデルが生まれるのか。その中で松尾先生がおっしゃったプログラミング教育と、どう掛け合わせていくのか、生産性の高い議論が出てくるといいなと思っていましたが。
松尾 残念ながら休校中は、ほとんど何もやっていないのと同じだと個人的には思います。親が監督して自習するというような、結局は家庭任せになっているように思います。おそらく海外の状況とかなり違います。
石角 私の知る限り、アメリカではGoogleクラスルームがあり、毎日娘が朝9時になるとここに行きます。Googleクラスルームへ行くと担任の先生が待っていて、そこで ログインしないと誰が来なかったかというのが分かります。また、数学専用のeラーニングのプラットフォームを使って数学のクイズをやったり、スタンフォード大が公 開している小学生向けの数学eラーニングの授業に参加したりしていました。
結構いろんなツールがあり、公立学校でもオンライン教育が充実していて。ただやっぱり、実際に学校に通って対面授業と比べたら全然違いますよね。松尾先生のお子さんは休校中、どうされていましたか?
松尾 多少は出された課題を自分でこなしていたかもしれませんが、基本は家にいるだけという印象でした。子どもの様子を見ていると、日本は2カ月ぐらい時間を無駄にしていると感じました。
石角 それは本当に皆さん、学力の低下を心配されていますよね。
松尾 日本は「教育は将来のため」という認識が低めだと思います。
コロナで日本はオンライン化が進む。米国ではエドテック系・ムークが 再注目
石角 アメリカでは、新型コロナで大学がさらに二極化が進むといわれています。今回、大学ももちろんほぼオンラインを強いられ、例えばハーバード・ビジネススクールなども、卒業式も含めオンライン化しています。
その中で、オンラインでそれなりの教育受けられるようになると、オフラインの教育、つまり対面の教育が今後超プレミアム化し、アイビーリーグやトップティアの学 校はさらにプレミアムの授業料をつけられる可能性があります。一方で、そういう選択をしない、またはできない大学は、留学生が獲得できなくなる中、単価を下げてオンライン化して、どのように生き延びるのか。プレミアムを提供できる大学と、プレミアムに対して理屈づけが追いつかない大学とで競争力に大きな差が生まれるというのが、一つアメリカでよくいわれていることです。
ジョージア工科大学が2014年にスタートしたのが、「OMSCS」と呼ばれる 「Online Master of Science in Computer Science」コースです。オンラインのコンピューターサイエンス修士で、すべての授業がオンラインで受講できて、一度も大学 へ行くことなく、卒業できます。キャンパスに通うよりも学費が安いんですよ。2020年7月にトランプ政権が100%オンラインで米国の大学に通う留学生に対してビザ規制 を発表し、それに反発したハーバード大やMIT、17州の州などがトランプ政権に対し て訴訟を起こしました。今後大学がよりオンライン化する流れが確実にきていること の証拠で、それに対する制度や環境整備などの具体的な議論が始まっています。 なので、こういう動きがどんどん増えるんじゃないかなと思いながらも、面白いデ ータもあります。1万4000人の生徒に対してアンケートを取った結果、70%の人がオンラインでは嫌だと生徒が思っているという調査も。これは、大学進学とともに親元を離れて寮に住むというのがアメリカの学生ならではの考え方。このようなレジデンシャルエデュケーションに対しての価値が逆にコロナで高まったという意見もあり、 それゆえに、100人以上の生徒が今アメリカで大学に対して集団訴訟を起こしていま す。オンライン化によって“学校体験”が手に入らなくなったので、その分「学費を返 してくれ」と訴える学生も。生徒のデータを見ると、多くの子が大学4年間でしか手 に入らない特殊な体験を、いまだに価値が高いものと思っているというのも一つあります。今後二極化すると言われながらも、需要と供給がマッチしていないのかなと思います。 一方で、日本の場合、特に大学はオンライン化すると思っています。日本の大学は、ソクラティックメソッド(教員が学生に質問をし、その答えに対してさらに質問を重ねるなどして、考察や知識を深める方式)など議論ベースの授業はあまりありません。先生がレクチャーして、生徒が静かにメモをとるみたいな感じです。ですから、私も「オンラインになって授業教えるのが大変じゃないですか?」と日本の大学の先生に尋ねたところ、「僕がスライドを読んでしゃべるだけなので大丈夫です」とのこと。確かに、オンラインのほうが画面もよく見えるし声もよく聞こえますから。 だから、日本はアフターコロナでよりオンライン化が進むのではないかと思います。
松尾先生は、日本の大学で今後、オンライン化が進むと思われますか?
松尾 進むと思います。オンライン化を進めるためには、教員が教えるコンテンツの共通化が必要となってきます。ただ、これまで日本の大学では教えるコンテンツがあまり共通化されていない。それは、それぞれの教員が自分で教材を独自で作って教えるという風潮があるからです。
今後さらにオンライン化が進んで、授業を録画して使い回しができるようになるなど、実質的にコンテンツが共通化されてくると思います。そうなると各大学は生き残りをかけるために、いかにオンラインコンテンツの独自性を高め、差別化していくかなどが課題となっていくのではないでしょうか。
石角 では東大のオンライン授業について、生徒さんの評価はいかがでしょうか。
松尾 東大のほとんどの先生はZoomを使って講義をしていると思います。全般に学生からは好評で、見やすいですし聞きやすいですよね。私の講義の場合も、受講生は例年より増えています。その一方で、先生方が期末試験ができないから課題を出そうということになっているようで、課題がたくさん出るから大変だという話はあります ね。
石角 オフラインと比べて大変に思うこととかありますか?
松尾 全然ありません。外部の方を招いたワークショップ形式で行う一部の授業は難 しいですが、ほぼ問題ないですね。オンラインの方がかえって学生も教員も移動が楽ですので、個人的にはいいと思っています。
石角 確かに。オンラインならばネット環境が整っていれば、どこでも授業が受けられます。また全部オンライン化したほうがコストも削減できますし、かつ生徒のキャパシティーがなくなるので、ある意味大学側の収入源が増え、さらに英語化すれば留学生に対しても対応できます。ジョージア工科大学のOMSCSのように、世界各地から受講生を呼び込むことが可能です。
松尾 いずれ、ハーバード系列やスタンフォード系列、オックスフォード系列といっ た、大学の系列化が進むのかなと。
石角 大学の系列化というと?
松尾 結局、コンテンツが標準化されてくると、どこのコンテンツを使うかということになってきますよね。例えば、日本でも、ハーバードの認定校などとしてコンテン ツを使うことができ、よい講義ができますし、また、有名校の名前が使用できれば、 生徒を集めることができます。もちろん学部教育でなく大学院の研究となると、1対1 の指導の面が増えてきますから教員がいないと難しいですが、大学の学部教育だとコ ンテンツとブランドがあれば成り立つようになると思います。世界中の大学がもっと 系列化してくるのではというのは、何年も前から思っていることですが、それが加速されるかもしれません。
石角 系列化されると、スタンフォード大やハーバード大、マサチューセッツ工科大 (MIT)ぐらいに集約され、ウィナーテイクオール(ひとり勝ち)状態になるのでは?
松尾 ええ、そうでしょうね。オックスフォード大とケンブリッジ大は、また争いそうですね(笑)。
石角 確かに系列化されれば、地方の大学も集客に苦労しない。
松尾 リモートで通いたい人は通えて、例えば、履歴書にはMIT何とかなどと記載することができます。そして、ワインの名称のように「短いほど本物」ということになるかもしれません。 後編に続く
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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