– 日経クロストレンド 石角友愛×松尾豊東大教授対談連載 第7回
米国政府が中国製の短編動画アプリ「TikTok」の禁止を検討していることを発表。一方、米国政府によるGAFAなどビックテック企業への規制も強まってきた。対して、日本はどう関わっていくべきか。米シリコンバレーを拠点に企業のAI活用・導入を支援するパロアルトインサイトの石角友愛CEO(最高経営責任者)と、ディープラーニング分野で日本をリードする東京大学大学院 工学系研究科・松尾豊教授の2人が話し合う。
石角 日本でも流行しているTikTokが禁止になるかもしれません。そもそも禁止にすべきなのでしょうか?
松尾 中国・北京のAI企業「ByteDance」が運営していますよね。なぜTikTokだけが禁止の対象なのでしょうか?
石角 そうですね。確かに、ByteDanceはTikTok以外にもいろいろやっています。ただTikTokが米国で予想以上に流行してしまって。そこでトランプ大統領は、「ナショナルセキュリティーの懸念がある」つまり「TikTokアプリを利用する米国ユーザー情報などが中国政府に流されているのではないか」ということなどを懸念して、禁止することを発表したんですよね。そうしたら、今度はマイクロソフトが中国のTikTokを買収するならば使用を継続するという情報も流れました。まだ見通しは立っていませんが、米国政府の中国企業進出に対するけん制は厳しいものになっているようです。
松尾 セキュリティーの話も当然あるのでしょうけど、どちらかというと米中間の経済的な争いといった印象ですね。
石角 7月には、中国政府が統制を強化するため、香港に国家安全法を適用するという事態が起きました。これに対しフェイスブックやグーグルなど米国のIT企業は反発、香港当局からの情報提供の要求に応じることをやめる方向で見直しました。一方で、中国のTikTokも当初は他の外国企業と同じように、香港当局からの要求を拒否する姿勢を見せていましたが、北京の指示に反する姿勢となるため、中国政府からのプレッシャーがかかって逃れられないだろうなどと米国側は指摘しています。そんな中、トランプ大統領はTikTokの国内での利用禁止予定を発表。それに日本政府も便乗して、TikTokの禁止を検討し始めたり。日本も独自の尺度で規制のスキームをつくっていくべきなのでしょうか?
松尾 日本でも最近、公正取引委員会(公取委)がプラットフォーマーに対する規制強化に動いています。例えば、楽天市場の送料無料制度を導入する方針を巡って、「市場の独占」にあたるとして公取委は楽天に立ち入り検査に入りました。こうした動きは、Eコマースの利用者や、アプリを開発している事業者などが不利益を被るのではないかという懸念からであって、ナショナルセキュリティーの問題ではないようです。日本はそもそも強いプラットフォーマーを自国から生み出したいという思いもあり、そういう意味では米中間の争いのレベルとは少し違う気がします。日本がTikTokの禁止を検討し始めたのは、国際的な関係もあるのでしょうが、技術に関わる立場としては、規制はできるだけ慎重にしてほしいと思います。
松尾 最近読んでいる本が「Mindf*ck」(2019年10月出版)です。政治コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」(以下、CA)が、フェイスブック上から大量の個人データを取得し、トランプ大統領を支持する政治広告に利用していたとされるスキャンダルについて書かれています。
石角 私も読みました。面白いですよね。
松尾 本にはCAがいかに悪い会社だったかと書かれています。
石角 それに加えて、個人情報を漏えいしたフェイスブックがいかに緩かったかという話でもありますね。
松尾 そうです。また、Netflixで配信されている、CA事件のドキュメンタリー映画「グレート・ハック」も見ましたが、こちらは「Mindf*ck」の著者で、内部告発者の元CA社員であるクリス・ワイリーが悪者になっているんですよ。要するに、ワイリーがCAをスケープゴートに陥れ、いろいろな人の犠牲になったという側面も描かれていました。
石角 なるほど。「Mindf*ck」によると、トランプ支持者でビリオネアのロバート・マーサーという投資家がいましたが、彼が考えていたビジョンは人工社会、まさしくマトリックスみたいな世界なのです。全ての人間の活動をデータセットで集めることができたら、未来が予測できるようになると。もちろん政治も予測できる。政治が予測できたら、社会のイベントや戦争、それこそオイルの値段など全てが予測できるようになるというもの。そのビジョンを思い描いていた元コンピューターサイエンティストだったマーサーは、ヘッジファンドになってCAに約20億円相当を投資。こうした投資家の思惑も大きく出ていたと感じます。
松尾 確かにそうですね。CA事件の話題を出したのは、このようなテクノロジーの高いレベルでデータを分析して世の中を動かしているというのは、善悪は別として純粋にすごいなと。日本ではこんなことをやれる人材はいないですから。だからこそ、米国が今回TikTokを運営する中国企業に脅威を感じるのは、CA事件のようなことが起こり得ることを察知していると思います。そこに米中間の警戒心が生まれているようです。
石角 テクノロジーのレベルの高さを感じますね。
松尾 はい。データの価値が分かるからこそ、データ分析・検証の仕方もきちんとしています。例えば、「Mindf*ck」でいうと、普通にデータを統合して欠損値を埋めて、足りないデータを入手して。それからユーザー像がよく分からないからと実際にインタビューしに行って。そこで、自分の思い込みを捨ててできるだけこちらから質問せずに聞き出そうと努めるという……。
石角 まさにサイエンスプロジェクトという感じですね。
松尾 そうです。日本で実際にデータを扱ったことのない人が、「データは重要だ」と抽象論で言っているのとは次元が違います。日本だとなかなかそこまでやる人もいないし、きちんとしたデータ分析のできていない企業も多いですよね。目的にあわせてさまざまなデータベースを統合する、データを入手する、欠損値を補う、現場をきちんと見るなどの当たり前のことがしっかりできることは重要ですね。
石角 松尾先生は日本のプラットフォーマー関連の委員会に参加されていますが、そこでは何が一番懸念材料として協議されていますか?
松尾 ECサイトを利用する中小企業からの声が大きく、中でもGAFAに代表されるような強いプラットフォーマーの優越的地位の乱用にあたるのではないかという意見は目立ちます。例えば、強制的に指示をされたり、価格に対しての指示があったりといった声ですね。
石角 例えばアマゾンは今回、米国議会における公聴会でのヒアリングでもフェイスブックに次いで質問されていました。アマゾンがアマゾンベーシックというプライベートブランドをマーケットプレイス内で優遇しているという意見があり、真偽は定かではないですが、議会では問題視しているようです。App Storeを運営するアップルなども同様です。
松尾 確かにちゃんとアルゴリズムも透明化にすべきだと指摘されているのですが、それが難しく議論してもやりようがないところがあるのかもしれません。アマゾンなども、もちろんさまざまな配慮をしてやっていますし、アルゴリズムが完全に開示できないものの、スパム的な行動を考えるとユーザーのために必要だということも分かります。また、プライベートブランドを「優遇していますか?」と聞くと、もちろん「してません」となるわけですが、なかなか検証のしようがありません。従来の産業の規制と違って、企業と国、社会が一緒にあるべき形をつくっていくということなのだと思います。
石角 GAFA、M(マイクロソフト社)の中で、先生が日本でより規制が強まりそうだと感じる会社はありますか?
松尾 そうですね。どこも規制は強いとは思いますけど、日本では安定的に成長している印象があります。
石角 確かにそうですよね。米国議会での公聴会の話に戻りますけど、各企業へのヒアリングは5時間以上と長時間にわたるものでした。質問数でみると、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ氏への質問が全体の32%と多かったようです。次に多かったのが、アマゾンのジェフ・ベゾス氏とグーグルのサンダー・ピチャイ氏で、いずれも27%と同じ。アップルのティム・クック氏への質問は一番少なかったですね。
ただアップルに関しては、特にApp Storeについて問題視されているようでした。例えば、App Store内で商品を売り出すと売り上げの30%がアップルに課金されることに対して、優越的地位の乱用だと。
一方で、公聴会には呼ばれなかったマイクロソフトですが、以前から反トラスト法で米国政府に訴えられています。最近では、ビジネスチャット大手の米スラック・テクノロジーズが、欧州当局に対してマイクロソフトが競争法に違反していると訴えました。今回スラックが問題視したのは、マイクロソフトの「Teams(チームズ)」。チームズは、スラックが先に開発したチャットや音声通話が可能なサービスと競合しており、スラック側からチームズをマイクロソフトOffice365とバンドルして販売するのは競争法違反だと訴えられました。マイクロソフトは、こういったバンドル戦略が得意ですから……。この件に関してスラック側の要望が通るのかどうか今後も注目しています。
また、WhatsAppやInstagramなどを傘下に抱えるフェイスブックの場合も、他社が持つ人気機能、いいと思った機能を独自に開発し、さらにいいものを作り出して月間30億人ものユーザーに届けるというやり方で事業を広げています。Zoomのようなミーティング機能もフェイスブック上で出てきていますし。そういったフェイスブック独自の手法を皮肉って「ザッキングされた」みたいな言い方をする人もいますね(笑)。
そもそもビッグテック企業のこうしたやり方が、市場のイノベーションを育てて、新規参入、スタートアップ企業を輩出させていく過程の中で、果たして正しいものなのかという議論も公聴会で出ました。
松尾 米国の議会がビッグテック企業への脅威を感じることは分かります。しかし、僕がスタンフォードにいた05年ごろも、スタートアップは「グーグルが何か類似サービスを出してきたら終わるよね」と普通に感じていましたし。フェイスブックなどは圧倒的な存在でした。今になって騒ぐのは不思議です。
後編に続く
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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