ウォルマート、ECが大躍進──“日常”が戻っても、伸びそうなのはなぜ?
コロナ禍で、ウォルマートの業績が好調です。2020年の営業収益は5590億ドル(約61兆円)となりました。
最新の決算発表によると、ウォルマートでは実店舗・ネットショップともに利用者が増えています。これは各地でワクチン接種が進み、コロナ感染者が減少したことに伴い、人々がノーマルな生活に戻る準備を行っていることの表れだとしています。
特筆するべきは、人々がノーマルな生活に戻りつつあるにもかかわらず、米国でECの売り上げが37%も増加している点です。これはなぜでしょうか。
背景にあるのは、データとAIに関する戦略です。同社はビッグデータの活用を通じて、顧客とのコミュニケーションやブランドへのロイヤリティー向上を図るという、データドリブンなマーケティングを行っています。
現在、ウォルマートは1万900の店舗と10のWebサイトを持ち、世界中から2億4500万人もの顧客を集めています。
ウォルマートのアナリティクスチームは、消費者が店舗やオンラインで何を買うか、Twitterで何がトレンドになっているかなどのデータを日々収集しており、そのデータを用いることで、オンラインでの売り上げを10~15%(売上高にして約10億ドル=1000億円以上)増やすことに成功したとのことです。
同社のキーワードは、SNSで毎週約30万件メンションされています。米国の成人の60%の顧客データを持っており、米国のスーパーマーケットでの消費の25%はウォルマートによるものといわれています。
ウォルマートのチーフデータオフィサーのBill Groves氏はブログで、顧客やビジネスのために何より大切にしているのはデータの「質」だと記しています。
質の高い良いデータというのは、顧客にとって豊富な商品情報に基づいて買うものを決める手助けとなる一方で、会社にとっては顧客体験を向上させ、健全なビジネス上の意思決定を導き出す基盤になるとのことです。
それに対して、質の低い悪いデータというのはさらに悪いデータをもたらします。不適切な判断を導き出し効率を損なう恐れすら秘めており、ビジネスに悪影響を与えかねないものであるとして、以下のような不良データを保有することによる会社の損失を紹介しています。
例えば、IBMの試算によると、米国だけでも不良データの年間コストは3.1兆ドル(338兆円近く)に上るそうです。また、ガートナー社は、企業が不良データのために年間1,500万ドルの損失を出していると推定しています。企業がデータ品質の問題に対処するために収益の15~25%を無駄にしていると見積もる専門家もいます。
さらに、ハーバード・ビジネス・レビューによると、従業員はデータを探したり、エラーを修正したり、不確かなデータの情報源を確認したりすることに、業務時間の50%を費やしているそうです。
このように、質の低いデータはビジネスにとって役に立たないだけではなく、むしろ悪影響であることが分かっているため、ウォルマートでは以下のようなデータクオリティーに関するポリシーを作っているとのことです。
私自身、グーグル本社に勤務していたときに、データクオリティーコントロールのチームに属していました。その経験から、単にビッグデータを収集すれば良いわけではなく、質の高い関連性のあるデータを収集し分類することで、初めて社内でのデータ共有や意思決定ツールとして使われる基盤が作られるのだと確信しています。
ウォルマートのチーフデータオフィサーがデータクオリティーに関してこのように意見を発表しているのは、ウォルマートが抱えるデータの幅の広さと深さを表しています。結果的に集まってしまう質の低いデータをいかに効率的に排除できるか、より質の高いデータをどのように収集するのか、その仕組み作りに多大なる投資をしていることが伺えます。
また、ウォルマートではECの売り上げ増加のため、動画コンテンツとAIをかけあわせた取り組みを行っています。この成果にも、今後より期待できそうです。
ウォルマートのソフトウェアエンジニアのRahul Bajaj氏の最新のブログには、ECサイトに動画を導入するメリットがまとめられています。
・96%の消費者が、オンラインで何を購入するか決める際にビデオが役立つと考えている
・ECを利用する顧客のうち79%が、製品に関する情報を得る方法としてページ上のテキストを読むよりもビデオを見たいと考えている
・適切な製品ビデオは、購買消費(コンバージョン)を80%以上増加させる
また、Ice.comの調査では下記のデータが判明しています。
・動画を見た人のコンバージョンは見なかった人の4倍にも上り、動画のおかげで返品率が25%低下した
このように、動画とECビジネスには密接な関係性があると考えられます。
ウォルマートのECサイトで顧客に購買を訴求する際、商品を販売する売り手が提供した画像と情報だけでは魅力的になりません。そこで、Rahul Bajaj氏はAIを使って、自動的に商品紹介動画を作成できるる手法を提案しています。AIによるナレーションまでつけられるというから驚きです。
先述のRahul Bajaj氏のブログによると、動画自動生成は以下の手順です。
(1) Walmart.comで商品を販売したいメーカーが提供した商品画像を使って簡単な動画を生成する(OpenCVのようなオープンソースのライブラリを使って、提供された画像をシーケンスとして整理し、それらの画像の横に説明のポインタを置くだけで、簡単な動画を生成することができるとのこと)。
(2) 動画にAIナレーションを追加する(音声合成エンジンが利用可能。例えば、グーグルが開発したTacotron2はデータをテキストから音声に自然な形で変換するアルゴリズムとして、特に短いテキストの変換に適していると指摘)。
(3) 画像と商品紹介情報のセマンティックな関係を理解してどのタイミングでそれぞれを表示するかを決めるため、独自の「フュージョンモデル」を開発する(商品紹介情報と各画像との関連性などを数値化して表示順を決める)。
簡単に紹介しましたが、動画生成には非常に複雑な工程があることが分かります。ブログで手法を提案しているにすぎず、ウォルマートで実際にこのような開発が行われているかどうかは分かりませんが、少なくとも検討はしていると考えられます。
また、冒頭で紹介したデータクオリティーの観点でこの動画生成技術を考察すると、メーカーが提出した商品画像や紹介文章にもし間違いがあったり、商品内容と一致しないものであったりしたら、このような動画は容易には生成できません。画像の解像度が低かったり、そもそも画像を一枚も提供してもらえなくても、難しいでしょう。すなわち、メーカーとのデータクオリティーコントロールを実施すること自体が、ECサイトでの売上に直結する非常に大事な取り組みだと言えます。
次回は、ウォルマートのIoTやロボティクスなどに関する取り組みをご紹介します。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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