最近、日本でも無人店舗が増えてきました。米国では、アマゾンの「Just Walk Out」プロジェクトが無人店舗をさまざまな業界に広めています。「Just Walk Out」は無人店舗「Amazon Go」の技術をライセンス化した事業です。
技術を活用した店舗では、顧客は入口でアマゾンアプリをスキャンして店内に入ります。そして好きな商品を手に取り、自分のエコバッグやカバンに入れたり、手に持ったりしてお店を出ます。すると、自分が手にした商品がアプリを通して見事に決済でき、レジを通ることなく退店できます。
「Just Walk Out」は、現段階で、数種類のリテールに展開しています。そのうちいくつかの事例を紹介した後、こうした技術が進出しやすい業界とそうでない業界の違いについて考察します。
米国の空港の中に設置されているコンビニは、ハドソンニュースという企業がその大部分を占めています。搭乗前で急いでいる時にレジの列に並ぶのはおっくうですが、最近、ハドソンニュースが「Just Walk Out」技術を導入したと報じられました。
記事によると、テキサス州の空港で今年の2月に無人店舗がオープンしました。空港内の無人店舗としては初めてで、敷地面積は500スクエアフィート(46平米弱)。非常にコンパクトなサイズの店舗です。
顧客は、入り口でクレジットカードを挿入すれば、アマゾンアプリの登録がなくてもこの店舗を利用できます。
後はAmazon Goと同じように、欲しい商品を手に取ってお店から出るだけです。これであれば深夜のフライトや早朝のフライトで、お店がほとんど開いていない時にも買い物ができます。
スポーツやコンサートの会場でも、Amazon Goの「Just Walk Out」技術を採用しています。シアトルにある新しいコンサート会場“Climate Pledge Arena”では、混雑を避けるために会場内の店舗を無人化しています。
この会場では、天井や棚にあるカメラやセンサーが顧客の商品受け取りを追跡し、入場時に挿入されたクレジットカードで容易に支払いが行える仕組みを導入しました。
また、同会場では、最近ローンチしたAmazon One(手のひらをIDの代わりに認証するバイオメトリクス認証)も導入しました。スマホを取り出す手間さえも省けるため、さらなる時間短縮が実現すると考えられます。
先日メジャーリーグの試合を見に行ったのですが、シーズン中ということもあり、スタジアムはほぼ満員でした。野球の場合、ハーフタイムなどがないため好きな時に食べ物を買いに行くのですが、どのお店も大混雑で、かつ立ち見客が廊下を埋めており、食べ物を購入する間に1イニング丸々見逃してしまうことも珍しくありません。
特に、最近ではコロナ対策という意味でも会場内の混雑は避けたいところですので、イベント会場内の店舗が無人化し、混雑の緩和に一役買うことについては、個人的にも是非期待したいところです。
アマゾン傘下のスーパーマーケットチェーンであるホールフーズは、2022年にカリフォルニアとワシントンDCの2店舗で「Just Walk Out」技術を採用する予定です(21年9月に発表)。
前述のAmazon Oneも導入するとのことで、買い物客はセルフレジ、Just Walk Out、またはカスタマーサービス窓口での購入など、さまざまなオプションが選べます。
ホールフーズのCEOであるジョン・マッキー氏は、下記のように述べています。
「Amazonとのコラボレーションにより、ホールフーズの2店舗で“Just Walk Out Shopping”を導入します。これにより、お客さまにはホールフーズの比類なき品質基準を満たした新鮮で考え抜かれた商品をご購入いただけます。また、お客さまの買い物中には優れたサービスが提供され、レジに並ぶ時間を短縮できます。私たちは、お客さまがホールフーズで手軽で便利な新しい購入体験をされることを楽しみにしています」
なお、これらのホールフーズの店舗を利用するには、必ずしもAmazonプライム会員である必要はなく、Amazonアカウントを持っている必要もありません。セルフレジを利用することで、誰もが買い物できます。また、「Just Walk Out Shopping」を利用してレジでの会計を省略するには、以下の3つの方法があります。
・ホールフーズまたはアマゾンのアプリでQRコードをスキャンする
・アマゾンアカウントにリンクしたクレジットカードまたはデビットカードを挿入する
・「Amazon One」を使って手のひらをかざす
ちなみに、「Amazon One」への登録にかかる時間は1分弱です。Amazonアカウントにリンクしたクレジットカードを挿入した後、「Amazon One」デバイスに手のひらをかざすだけで、会計作業をスキップして支払いができます。また、セルフレジでは現金、プリペイドカード、ホールフーズのギフトカード、EBT、eWicなど、さまざまな支払い方法を選択できます。
通常、ホールフーズの店舗は巨大なものが多く、例えばランチのサンドイッチとドリンクのみを買いに来たような顧客は“Express Lane”(10個以下の商品を購入する買い物客用の会計レーン)を利用することが多いのですが、それでも並ぶこと自体は避けられません。このような顧客層にとって、こうした技術の導入は非常に便利なものでしょう。
また、米国では購入した商品をレジ袋に詰める作業も店員が行うことが普通ですが、このことも会計待ちの時間を長くする大きな要因でした。そのため、「Just Walk Out Shopping」によって、消費者が商品棚から自分のエコバッグなどに直接商品を入れ、そのまま店舗の外に出ることが可能になれば、この袋詰めの工程が省略され、混雑も解消されると考えられます。
日本でも、買い物かごを購入すれば、あらためて袋詰めをすることなくそのままのかごで会計・持ち帰りができる“マイバスケット”というものがありますが、店舗の無人化によって、今後そのようなマイバスケット化、マイバッグ化もさらに進みそうです。
ラスベガスにオープンしたてのカジノリゾートであるリゾート・ワールド内に設置されているフレッド・シーガルマーケットというコンビニでも「Just Walk Out」技術が採用されています。
フレッド・シーガルは米国で有名な高級アパレルセレクトショップですが、カジノ内のアパレルショップに隣接する形で、お菓子や飲み物などを棚から取るだけで手軽に購入できるマーケットを作ったとのことです。
リゾート・ワールド・ラスベガスのリテール担当ヴァイスプレジデントであるマット・ピナル氏は、店舗のオープンに当たりこのように述べています。
「われわれは、施設全体で最先端の技術を駆使したサービスを提供できるリゾートを目指してきました。フレッド・シーガルのような象徴的なブランドを当社のリテール・ポートフォリオに迎え入れるだけでなく、このような革新的なテクノロジーを活用してお客さまに利便性を提供できるようになったことは、まさしく素晴らしい成果です」
私は、アパレルショップがこのような取り組みを行うことには大きな意味があると考えています。なぜなら、このような取り組みには、「飲み物を買いに来た顧客をアパレル店舗に誘導する」「先進企業として認知度の向上を図る」といったさまざまな効果が見込まれるためです。
実際、前述のマット・ピナル氏の発言からも、今回フレッド・シーガルが「Just Walk Out」を採用した背景には、先進的なイメージでのブランド認知を広めたいという狙いがあることが読み取れます。
また、長い列に並んで水を購入するよりはさっと買いに行ける方が良いため、カジノに来る人々の顧客体験も向上しているでしょう。その点では、企業にとっても顧客にとってもメリットのある取り組みだといえるのではないでしょうか。
ここまで、アマゾンの「Just Walk Out」事業により、さまざまな業態の店舗に無人決済システムが導入されたことを紹介しました。では反対に、無人決済・無人店舗が向いていない店とは、どのような店でしょうか。
例えば、高級ブティックのようにハイタッチな接客を要するお店などが挙げられます。なぜなら、商品単価の高い高級ブティックでは、顧客が購入に至るまでの意思決定プロセスが複雑で多様化しているため、接客にはストアアソシエイト(SA)のような専門スキルが求められる場合が多いからです。
購入の際に顧客情報を聞き出し、会員登録をしてもらうことでエンゲージメントを高める基盤を作る必要があるため、SAを通して購入をするという体験自体が大きな意味を持つのです。また、商品の単価が高いため、万が一、センサーやカメラなどが請求漏れを見逃した場合、大きな損失になります。
現状では、アパレル店舗も無人化には適さないのではないか、と考えられます。コンビニなどは、センサーが設置しやすくデータが取りやすいため、商品棚の設計という観点からも無人化に適しているのですが、アパレル系の店舗の場合、商品棚に陳列されていない商品も多く存在します。
そのため、例えばハンガーなどにかかっている商品の場合、カメラやセンサーで正しく購入が認識できるか、という技術的課題が生じる可能性もあるでしょう。また、オーダーを受けて商品を作るという複雑な工程が発生するレストランやファストフードチェーン店舗では、購入のためのタッチパネルなどは導入できても、オーダー情報を厨房に転送し、調理する工程が必要となるため、無人化に関しては、より複雑な問題を抱えているといえるでしょう。
また、人の混雑が大幅に解消しなければ顧客体験はさほど向上しないとも考えられるため、コンビニなどよりも無人化によるメリットを感じにくいのではないでしょうか。
以上、米国での無人店舗の導入事例と無人化に向かない店舗について考察をしましたが、今後、日米で店舗の無人化がどのように浸透してゆくか、また浸透に伴いどのような問題点が見えてくるのかなど、引き続き注目していきたいと思います。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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