ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。人工知能(AI)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。前編に引き続き、東京電力ホールディングス常務執行役の長崎桃子氏に、東京電力のDX戦略と描く未来について議論を交わした。(対談は2021年7月31日に実施)
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00509/00009/
石角友愛氏(以下、石角) 東電では現在「防災DXプロジェクト」と「UX(ユーザーエクスペリエンス)向上プロジェクト」という2つのパイロットプロジェクトを進められていますね。これはどういったプログラムなのでしょうか?
長崎桃子氏(以下、長崎) 「防災DXプロジェクト」は、千葉県を中心に大きな被害をもたらした2019年の台風15号の教訓から生まれました。あの時は停電の復旧に時間がかかったうえに、復旧のめどを市民の方々に短めにお伝えしてしまったために大変なご迷惑をおかけしてしまいました。
石角 その失敗にはどのような原因があったのでしょうか?
長崎 原因は2つあって、1つは「現場の状況をスピーディーに把握できなかったこと」、もう1つは「把握した内容を復旧対応に当たる人員間で共有できていなかったこと」です。それらを踏まえて、現在は損傷した設備の状態を撮影した画像をクラウドで共有したり、マップに落とし込んでほかの人も見られるようにしたりしています。これにより復旧時間のめどを立てやすくなりました。
石角 損傷した設備の写真をアップするというのは、一般の人でもできるのですか?
長崎 はい。例えば切れている電線をお客様が発見した場合、それを撮影して東電のクラウド上(指定の場所)に、日時や住所などの情報と共にアップロードしていただいています。そして、社内でその写真を確認したうえで復旧作業に向かいます。この取り組みのおかげで、今まで「千葉市」など広いエリアでお伝えしていた停電情報を「○○区」など、より狭いエリアでお伝えできるようになりました。
石角 一般の人にも協力してもらうというのは画期的ですね。「UX向上プロジェクト」のほうはどのような取り組みなのでしょうか?
長崎 例えばお客様から電気の不具合について電話があった場合、作業員が現場に行き改修します。その際、問い合わせから問題解消までのカスタマージャーニーでは、一連の流れの中に、電話や出向といった各ステップで満足度にバラつきがあることが分かりました。社員は対応に問題がなかったと自己満足しているところに、実は改善の余地があったのです。
石角 なるほど、もしかしたらお客様は電話対応に不満があったかもしれないし、改修の日は都合が悪かったかもしれない。対応に当たった人がそれに気づいていないことは大いにあり得ますね。
長崎 その通りです。そこで今、カスタマージャーニー全体で満足していただくために、お客様がどういった対応に不満を持っているのかを調べ、デジタルを活用してその部分の改善に取り組んでいます。
石角 すごく奥の深い取り組みですね。電話越しに満足度を尋ねるのではなく、カスタマージャーニー全体でお客様の満足をひも付けしてデータ化したということですね。
長崎 はい。どこのステップに不満を持っているのか、業務処理のレベルと満足度の相関を見ています。
石角 ただ満足度といっても「星1つ」といった分かりやすいものだけでないですよね。潜在的な不満はどのように数値化しているのですか?
長崎 総合点も出していますが、それ以外にスピードや仕上がりなど、4~5項目に分けてお客様に聞いています。例えば、現場到着に10分かかった場合と30分かかった場合の満足度を比べて、不満に感じ始める分岐点が何分なのか分かれば、その時間までに到着できるようにしていきます。
石角 ただそれを実現するためにはサービスや保全など、複数の部署が連携してデータの一元化を進めなければいけないと思います。部署連携については、大企業ならではの難しさがあったのではないでしょうか?
長崎 そこはまだ乗り越えられていない部分なんです。というのも、「そもそもクレームになっていないのに、なぜやり方を変えなければいけないのか」と思う人たちが一定数いるからです。ただ、お客様の中でも不満に対して声を上げるのはほんのひと握りです。クレームがないからといって不満がないと判断するのは違うと思います。
石角 その通りですね。
長崎 それに部門ごとに業務が細切れにされているため、「自分の部署はきちんと対応している」「総合的に満足してもらえているからいいだろう」と思う人もいるんです。
石角 セクショナリズムはほかの企業でも大きな壁になっています。特に製造業の場合、部門ごとに違うオペレーションを敷いて、それでうまくいっている企業が少なくありません。「部分最適ができているのに、なぜ全体最適をしなければいけないのか」と疑問に思ってしまうんでしょうね。
長崎 結局、全体とそれを構成する各要素の関係性が整理できていないからそうなるんだと思います。そこをデジタルの活用で明らかにしようとしています。
石角 セクショナリズムへの対応として、部門を超えた情報共有などの取り組みはされていますか?
長崎 電話受け付けから改修まで、各部門から人を集めてプロジェクトを立ち上げました。その人たちを各部門のUX向上の責任者にし、異動ではないのですがそれぞれのKPI(重要業績評価指標)やOKR(目標と主要な成果)を変えようとしており、責任と権限を明確にしています。
石角 プロジェクト化してKPIも変えてしまうというのは、すごくいい取り組みだと思います。DXって単なるデジタル化と捉えられがちですが、私は組織編成や人をどう変えられるかが成功のカギだと思います。マイクロソフトがDXに成功したのも、そこがポイントでした。
もう一点お聞きしたいのですが、東電のサイトには「DXの実現はEX(エンプロイーエクスペリエンス:従業員体験)の向上が前提」という話が載っていました。EXの向上とは具体的にどういうことでしょうか?
長崎 例えばお客様からのフィードバックを担当者にタイムリーに伝え、仕事へのやりがいなどをきちんと感じられるようにすることです。最終的にはそれが給料に反映されることを目指しています。
石角 つまりインセンティブを与えるのですね。
長崎 はい。資格を取るなどして、より品質のよいサービスが提供できるようになるのであれば、それも加点していきたいと思っています。
石角 以前、日立製作所のフェローである矢野和男先生が「これからはDXからHX(ハピネストランスフォーメーション)になる」という話をされていました。先生は心拍数や呼吸など、客観的な数値をもとにストレスや幸せの度合いを定量化して、幸せなエンプロイーがいる会社は生産性も上がっているということを立証されました。
今のお話を聞いていて、東電のEXはそれに通じるものがあると感じました。社員がDX、UXの向上に取り組む中で、やる気をアップさせるポイントをつくるというのはすごく大事な視点ですね。
石角 長崎さんは東電のESG(環境・社会・ガバナンス)もご担当されています。こちらについても聞かせてください。
長崎 東電の電気事業には大きく分けて「電気をつくる」「送電線で送る」「お客様が使う」という3つのステージがあります。カーボンニュートラルというと、「電気をつくる」部分を再生可能エネルギーに置き換えることが注目されがちですが、私たちは電気を使うお客様のカーボンニュートラルをサポートしています。これは1つ大きな特徴です。
石角 カーボンニュートラルに向けた取り組みの中で、「電化」という言葉をよく使われていますよね。あまりなじみのない言葉だったのですが、東電のウェブサイトを見てEV(電気自動車)やIHクッキングヒーターなどの導入が電化に当たると知って、現代の私たちの生活の中心は電気なのだと思いました。
長崎 やっぱり「電化」という言葉はまだあまり浸透していないんですね。
石角 でも電化をするとデジタル化がしやすくなるという部分では、DXとはコインの裏表の関係にあるともいえますよね。また、省エネにもつながるというのは、消費者へのメッセージとしても重要だと思います。電化の中でも特に何に力を入れているのですか。
長崎 3つあって、1つ目は太陽光発電(PV:Photovoltaic)です。太陽光発電で生活するというのはある意味“地産地消”です。直接の電化ではありませんが、天気の良い時に太陽光で発電した電気をバッテリーにためて自分たちの生活で使う、そういった生活が広がるように後押ししていきたいと考えています。
2つ目はエコキュートです。家庭で使用するエネルギーの3割は給湯なんですが、ガスや石油に頼っているのが現状です。この3割を電化しなければ、化石燃料由来の二酸化炭素(CO2)は減らせません。そこで太陽光で発電した電気を使ってお湯を沸かすエコキュートの普及を推進しています。そして3つ目がEVなのです。
石角 EVに関して1つ興味深い話を聞いたのですが、米国・カリフォルニアでは、テスラを除くEVオーナーの20%がガソリン車に回帰しているという調査結果もあるそうです。
長崎 え、なぜですか?
石角 「充電が不便」というのが主な理由のようです。高電圧な240ボルトでチャージできればいいのですが、米国の一般的な家庭には240ボルトのコンセントがありませんので充電に時間がかかってしまうんです。家の近所の充電ステーションに行くという手もありますが面倒なんですよ。
長崎 EVの普及には、充電の問題が大きいですよね。
石角 そうなんです。ガソリンスタンドであれば、数分程度でガソリンを満タンにすることができますが、街の充電ステーションでは時間がかかります。例えばカリフォルニアでは、テスラの場合、スーパーチャージャー・ステーションがあちこちにあるので、1時間で航続距離300マイル分くらいは充電できますが、それ以外の場合には充電がネックになります。
長崎 それでガソリン車に戻ってきているのですね。
石角 それに米国の家庭では車を複数台所有することが当たり前です。1台がEVであっても、もう1台がガソリン車の場合、あまり省エネにはなりません。EVにするのであれば所有する車を全てEVにしたほうが最終的にはお得なんです。
実際、米国の2020年の新車販売におけるEVの割合は2%程度です。同時期に0.6%程度だった日本に比べれば何倍にもなりますが、一番割合の高いノルウェーの75%とは大きな開きがあります。個人的には米国で定番のピックアップトラックでEVのものが出てくればいいなと思いますね。日本ではEV普及の課題というとどんなことがありますか?
長崎 個人ユーザーと商用ユーザーで異なりますね。商用ユーザーの場合、最大のハードルは国産EVが少ないことです。経済界では取引関係やお付き合いもあり、またメンテナンスの不安から、大企業ほど国産のEVを使いたいと考える傾向があります。とはいえ国産車でEVというと、今は日産自動車と三菱自動車くらいしかないため、制約が大きいんです。
一方で個人ユーザーはもう少しフレキシブルで、海外メーカーのEVに乗る人も増えてきています。
石角 最近、街でよくテスラの「Model 3」を見かけるようになりました。ただEVに乗る際は、あとどれくらいの距離を走行できるのか、どのルートで行けば途中に充電ステーションがあるのか、到着してすぐに使えるように予約ができるかなど、さまざまなことに気を払わなければいけません。EV普及のためには、そういったことがデジタルで管理できるようになることが必要です。
長崎 おっしゃる通りですね。
石角 防災DXの話の中で、電線が切れている場所をお客様に写真でアップしてもらっているという話がありましたが、テスラではスーパーチャージャーの場所や設備の内容、レビューなどがクラウド上で共有されています。「ホテルの駐車場にあるのでトイレ休憩に便利」といった情報も得られてすごく便利なんです。スーパーチャージャーの空き具合が分かれば充電に行こうという気にもなるので、デジタル化が進めばEVオーナーのエクスペリエンスも大きく変わる気がします。
長崎 有益な情報ありがとうございます。そういった部分は米国から学んで、東電でもUXのサービス向上に活用していきたいと思います。
石角 最終的には自動運転ですよね。特に過疎地では車は生活の足なので、社会的な面からも自動運転は推進していかなければいけないと思います。では最後にDXを推進している企業に対して、アドバイスがあればお願いします。
長崎 あまりアドバイスができる立場ではないかもしれませんが、DXに限らず、仕事はなんでも仲間づくりが大事です。小さく始めて、成功すればみんなで喜び、そこから拡大していくのがいいと思います。また事業の中でも特に重要な部分、東電の場合はお客様視点や安定供給なのですが、ここから始めることで、取り組みが目立ちやすくなります。どこから取り掛かるのか、順番をよく考えて進めると成功確率が上がると考えています。
石角 おっしゃる通りだと思います。本日は素晴らしいお話をありがとうございました。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
毎週水曜日、アメリカの最新AI情報が満載の
ニュースレターを無料でお届け!
その他講演情報やAI導入事例紹介、
ニュースレター登録者対象の
無料オンラインセミナーのご案内などを送ります。