コロナ禍をきっかけに、企業のDXが加速しています。だからこそ、生まれる課題もあります。
本記事では、緊急事態宣言などがいつ発令するか分からない状況下で、新しい形の需要予測のニーズが増えていることと、その理由について考察します。
2020年、米国の大手飲料メーカーのペプシコ傘下である、スナック菓子メーカー最大手のフリトレーでは、5年間かけて行うと計画していたデジタル・データドリブン化の構想をたった6カ月で行いました。
同社のチーフグロースオフィサーであるマイケル・リンゼイ(Michael Lindsey)氏は、この件に関して「D2Cビジネスの初めの立ち上げは、わずか30日間という計画にない速さで実現しました。われわれチームはパンデミックにより鼓舞され、想像を超えるスピードで前進しました」と述べています。
また、同年10月にコンサルティングファームのPwCが、米国企業のAI戦略に携わる役員など1032人を対象に実施した調査の結果によると、52%の企業が「コロナを理由にAI導入計画を加速させた」、86%が「2021年にAIが自社で“主流の技術”になる」と回答しています。
このように企業が急速にAI導入を行う中で、現在新しい課題が生まれているのをご存じでしょうか。その一つが、需要予測です。
需要予測とは、通常、対象となる商品やサービスの過去の売れ行きなどのデータを使って、将来の需要を予測する取り組みを指します。生産管理の現場で過剰生産を防いだり、小売店舗の受発注プロセスにおいて機会損失をなくしたりするための課題解決目的で使われることが多い技術です。
以下は、需要予測モデルが活用できるビジネス現場の課題の一例です。
これらの例から分かるように、需要予測はビジネスの業務フローの上流工程に位置することが多いです。需要予測モデルが出力する値は、その後の業務(労務管理や在庫獲得、物流管理など)にも大きく影響を与える、大事な指数なのです。
このように、ビジネスの中心にもなりうる需要予測ですが、今、多くの企業がコロナで激変した消費者の行動に合わせるために需要予測モデルを見直しています。
実際に、コロナ禍でどれくらい消費者の行動が変わったのでしょうか。
マッキンゼーの調査では、コロナ禍で劇的に消費傾向が変わった商品カテゴリーにトイレットペーパーなどの生活用品(19年と比べて20年の3月の3週間で78%アップ)や缶詰などの保存できる食品(同3週間で46%アップ)などがあることが分かりました。逆に、携帯電話の部品などは36%ダウンしたとのことです。
コロナ禍の初期に、商品棚からキッチンペーパーなどが消えたことは記憶に新しいですが、これは緊急事態下で生活必需品の買いだめをする消費者心理の現れであると言えます。
また、買いだめだけではなく単純にコロナ禍で需要が増えた除菌ジェルなどの商品や、巣ごもり需要により増加したニーズ(例:お酒、お菓子などの趣向品やよりリラックスした洋服など)も当てはまります。
マッキンゼーのレポートでは、緊急事態宣言の発令などで消費者の行動様式が今までと大きく異なる状況になった場合、企業は“SPRINT”を実行すべきだと書かれています。
T=Team
顧客と対話をして、チームアップする
ここから分かるように、迅速に環境の変化に対応した需要予測モデルを作りこみ、その出力値に合わせて、柔軟にマーケティング戦略や営業の方法を見直さなければいけないのです。
私が経営するAI開発会社のパロアルトインサイトでも、飲食チェーンや小売店舗、その商品を運ぶ物流業界から「コロナ禍で消費動向が変化したため、コロナ前に使っていた需要予測モデルや受発注システムが適切でなくなった。コロナ対応型の予測モデルを作ってほしい」という依頼を受けることが増えています。
例えば、飲食チェーン大手のリンガーハットから依頼を受け、緊急事態対応型需要予測モデルを開発しました。
本プロジェクトには、消費者の需要を予測する従来のシステムに加えて、地震や台風などの自然災害や感染症のパンデミックなど、さまざまな緊急事態下で多様に変化する消費者の需要をAI(人工知能)を活用して予測し、適正な発注数の算出、在庫管理、出荷量予測を行うことで、サプライチェーンの無駄を減らす狙いがあります。
さらに、緊急事態宣言や災害などで需要が急激に変化した際には緊急シナリオに一瞬で切り替えることでオペレーションの遅延をなくし、業務の円滑化を実現する技術基盤にもなることが予想されます。
緊急事態宣言が発令されて営業時間を変更せざるを得なくなると、店舗に足を運ぶ顧客の数などが変化します。開発したモデルはこういった変化をいち早く検知し、緊急事態以前の「通常モデル」とは異なる手法で、より関連性の高いデータを使って、緊急事態下での需要予測をするものです。
検証の結果、実際に通常モデルを使って緊急事態下での予測をしたときと比べて、非常に高い精度で需要予測ができることが分かりました。22年中に700店舗へ導入を予定しています。
緊急事態対応型需要予測モデルを開発するときの成功のカギがいくつかあります。ハーバード・ビジネスレビューに紹介されていた論文「Predicting Consumer Demand in an Unpredictable World」(訳:予測不可能な世界で消費者需要を予測するには)を参考に考察します。
通常の需要予測モデルは、過去の売り上げデータなどを使うことがほとんどです。
例えば、1週間前に突然緊急事態宣言が発令され、店舗の営業時間が大幅に変わったとします。その場合には、これまで培ったデータよりも緊急事態宣言発令後の直近1週間のデータの方が、近い将来の需要予測に対してより関連性が高いデータだと言えます。
他にも、既存の需要予測モデルでは使っていなかったデータセットが緊急時には役立つかもしれません。あらためて、手元にどのようなデータがあるのかを見渡すことが大事です。
通常、需要予測モデルは大きな枠組み(例:工場別、商品別、エリア別など)で作られ、実装されることが多いものです。しかし、緊急事態下では売り上げに影響する要因が予測できなくなるケースもあり、地域ごとに特化した情報を活用した方がより精度の高いモデルとなるケースもあると言います。
例えば、商品全体で見たときに1カ月の軍手の売り上げが100万円相当と予測されていたとします。しかし、ある特定の地域において、翌月に芋掘りイベントが多く予定されていたような場合、その地域の店舗における軍手の売り上げが一時的に上がるかもしれません。このように、取得できる範囲で、よりローカルな特性を網羅できるデータがある方が望ましいとされています。
ある医療企業では、パンデミック発生当初、コンタクトセンターへの電話量を正確に予測することができず、過剰に人員配置をして人件費が増加していました。そこで、エラーの原因を探り、いつ、どういった理由で電話がかかってくるかをより正確に予測するために新しいモデルを2つ開発したということです。
1つ目のモデルは「コロナの影響を受けた他の国の前例データ」をもとに作られ、もう1つは「医療サービスを受けるために必要な事前承認リクエストのデータ」をもとに作られました。すなわち、入電数予測という大きな予測値を出すのではなく、細分化したニーズに対してそれぞれの予測を出していき、それに合わせた形でコンタクトセンターの人員配置を行うということです。
その結果、同社は数週間で予測の誤差を大幅に減らしました。このことから、単体で見たら単純な手法で作ったモデルだとしても、それらを複数組み合わせることで、単体のモデルよりもより確実な結果が出るケースがあることが分かります。
これは当社でもいつも注意していることです。先ほどのリンガーハットのケースでも、既存の需要予測モデルで十分にカバーできるケースと、既存モデルでは大幅に予測を外してしまうケースなど、さまざまなシチュエーションが存在することが検証により分かっています。このような場合には、切り口を変えるとモデルのパフォーマンスをどのように解釈すべきかも変わってきます。
検証を繰り返して、既存の需要予測モデルよりも圧倒的に優れた結果を出せるかどうかを確認した上で、実装と運用フェーズに移ることが大事です。
需要予測の大事さが今、あらためて見直されています。コロナ禍を契機に、サプライチェーンの複雑化や人手不足の課題に直面した企業は多いと思います。
前述の通り、需要予測は意思決定プロセスの上流工程にあります。DXを推進するためには、小さい局所的なプロセスの省人化のためではなく、より汎用性の高い需要予測モデルを開発し、組織横断的に活用する必要があります。
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2201/21/news037_3.html
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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