ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。人工知能(AI)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。今回はLINE AIカンパニーCEOの砂金信一郎氏を迎え、砂金氏のキャリアやAIカンパニーが掲げる「ひとにやさしいAI」について議論した。
石角友愛氏(以下、石角) まずはキャリアについて聞かせてください。東京工業大学を卒業後、日本オラクル、ローランド・ベルガー、リアルコム(現Abalance)、日本マイクロソフトなどで幅広い経験を積まれていますが、もともとはどういった分野を学ばれていたのですか?
砂金信一郎氏(いさごしんいちろう。以下、砂金) 東工大に入学したときは、機械宇宙学科や制御システム工学科(学科名はいずれも当時)といったメカニカルな方面を勉強するつもりでした。ですが家庭の事情で大学院まで行くのが難しいと分かり、これらの分野に進むのを断念したんです。そこで大学4年間で学ぶことができて、つぶしがきく分野として経営システム工学科(同)を選びました。機械系の学生にはあまり人気がありませんでしたが、化学系の学生には人気が高い分野でしたね。
石角 経営システム工学科では何を研究されていたのですか?
砂金 私が所属していたのは、工場の品質管理などを専門とする先生の研究室でした。めちゃくちゃ怖い先生でしたね(笑)。研究室では当時注目されていたエリヤフ・ゴールドラットの「制約理論」に基づき、保有するワークステーションを使って、生産スケジュールのシミュレーターを作る研究などをしていました。オペレーションズリサーチのようなものですね。
石角 かなり現場に近い部分の研究をされていたんですね。
砂金 ええ。それを学ぶ一方でプログラミングの技術を生かしてエンジニアのアルバイトをしていました。今思えば、これまでの人生の中でも大学時代が一番コードを書いていた時期でしたね。
石角 今でこそコードが書ける学生は珍しくありませんが、当時プログラミングができる学生は重宝されたと思います。大学時代からご活躍されていたようですが、就職先としてなぜ日本オラクルを選んだのですか?
砂金 就職活動では幾つかの企業から内定をいただきました。その中から日本オラクルを選んだ一番の理由は、内定者にやんちゃなメンバーが集まっていたからです。当時のオラクルは、普通の企業なら採用をためらう「優秀だけど管理しにくそう」という人材を積極的に採用していたんです。
石角 砂金さんが「やんちゃ」というくらいなので、相当個性的なメンバーなのでしょうね。
砂金 同期入社は125人ほどで、その中にはその後DeNAの社長になった守安功さんや、漫画全巻ドットコム(現TORICO)創業者の安藤拓郎さんなどがいました。起業意欲のあるエンジニアや事業開発のセンスがある人が多くて、「この会社に入社したら面白そうだな」と思ったんです。
石角 かなり濃い人材が集まっていたんですね。その中の一人として内定がもらえたことはすごいことだと思います。
砂金 でも当時、僕は結構生意気でして……。あの頃の就職活動は、金融業界のほうが先に内定を出していて、オラクルの結果が分かるのはその後でした。そこでオラクルの人事部に電話して「まだ内定通知が届いていないんですが……」と問い合わせたんです。人事の方は「砂金さんは大丈夫ですよ。内定の連絡が遅れてごめんなさい」とまで言ってくれたんです。
石角 すごい行動力ですね(笑)。人事の方もちゃんと応対してくれるとは。
砂金 しかもその電話の中で「就活のためにアルバイトができなくて、お金がないんです。プログラミングはそこそこできるので、御社でアルバイトさせてもらえませんか」と訴えて、9月入社の社員向けの社内アルバイトまで紹介してもらいました。
石角 そんなことまで! それはプログラミングの仕事ですか?
砂金 はい。人事向けシステムの開発です。そのアルバイトのおかげで商用のリレーショナルデータベースを使った開発手法を学ぶことができました。今でいうAIや暗号資産(仮想通貨)のブロックチェーンのような分野というと大げさすぎますが、これが扱える学生プログラマーは当時まだ珍しかったと思います。そのまま卒業論文と並行してアルバイトで開発を続けました。
石角 2016年にLINEにジョインし、現在は法人向けを主としてAIの技術提供をされていらっしゃいますが、オラクルでの経験で今の仕事に役立っていると感じることはありますか?
砂金 オラクルではERP(Enterprise Resources Planning。企業資源計画)やデータベースの導入を担当していました。あの頃はまだ会計や精算といった業務は理解できていなかったのですが、データベースの構造を知ることで、そこからどういったデータを扱う業務なのかが分かりました。会計や精算のような、世の中の仕組みをシンプルかつ早く理解するために、結果的にERPやデータベースを扱ったことが近道になったと思います。
石角 なるほど、ERPやデータベースは企業経営の根幹にあたるので、若いうちにそこに触れられたというのは大きいですね。
砂金 ほかには新規事業にチャレンジさせてもらえたこともいい経験でした。オラクルは成功確率が低そうなことでも、大きくスケールしそうな領域であれば積極的に挑戦させてくれました。日本オラクルの創業者である佐野力元会長や当時サポートしてくれたメンバーには感謝しかありませんね。
当時の常務から言われて印象的だったのが「お客さんに届ける価値は“商品力×チャネル力”で決まる」という言葉です。オラクルのデータベースには製品力があって、誰から買ってもお客さんにとっては高い価値があることは変わりありません。そんなものよりも、ERPやアプリケーションサーバーといった当時まだそれほど商品力がなかったプロダクトが売れるようにしろと指令を出されました。
石角 誰でも売れるものを売って満足するな、挑戦しろ、と。若手にそのチャレンジの機会をくれたのですね。
砂金 現場任せのようにも思えますが、それに取り組んだことで、今LINEで未完成の技術やプロジェクトを扱う際に「きっと僕じゃなければうまくできないはずだ」というマインドが持てています。
石角 その感覚すごく分かります。私もGoogleで働いていたときに同じような状況にいました。私が在籍していたのは稼ぎ頭である広告のチームではなく、「Googleプロダクトサーチ(Googleショッピング)」というツールを扱うコマースチームでした。プロダクトサーチは当時は無料で利用できたために収益性がなく、チームにはアンダードッグ感すらありました。でもだからこそ「何でもやってやろう!」という気持ちを持てたんです。コマースチームで培ったこのメンタリティーは、現在法人向けにAIサービスを販売するにうえで役に立っています。
砂金 今、僕はメンバーをマネジメントする立場にいるのですが、若手の中にはもっと楽に売れるプロダクトを扱って、たくさん売って目立ちたいという人がいます。ですが若いうちからそうやって楽な仕事をしていると、自分の頭で考えなかったことで後々同年代と差がついてしまいます。新しいことにチャレンジして、たとえうまくいかなくても、学べることがあったのならそれでいいんだと思います。
石角 若手の方々にも恵まれた環境にあるんだということを分かってもらいたいですね。
石角 LINEのAIは技術として、かなり完成度が高いと感じます。
砂金 僕も領域によっては技術として完成に近いと思います。例えば「CLOVA Desk」や「CLOVA Friends」などのスマートスピーカーに最初に搭載された音声認識モデルは、短いコマンドを大まかに認識し、話者の意図を読み取ることに特化してチューニングしています。日本語の音声認識の精度では、AmazonやGoogleにも引けを取らないという自負があります。
ただ、この音声認識モデルをZoom会議の文字起こしに利用するためには、短いコマンドだけではなく会話の認識精度を高めなければいけません。今はスマートスピーカーを発売した当時とは使えるGPUの環境もデータの量も全然違うので、また新たなチャレンジが必要です。
石角 AIあるあるですね。
砂金 まさにそうです。マチュア(円熟)なプロダクトが1つできたと思ったら、また次の山が出てくる。こういった状況を楽しめる人にとっていいと思いますが、「とことん頑張って後は楽をしたい」と考える人にとってはAIは無間地獄です。
石角 ずっとチューニングをし続けなければいけないとなると営業の方は大変でしょうね。AIのサービスの中でも、改良し続けなければいけないものとそうでないものは区別されているのですか?
砂金 鋭いご質問ですね。弊社では飲食店向けのAI電話予約サービス「AIレセプション」などはプラットフォーム展開、ヤマト運輸に提供している電話応対AIサービス「LINE AiCall」などはエンタープライズ版の展開と位置付けています。
飲食店予約は仕組みとしてはシンプルで、あまり高い料金はいただけません。そこでパッケージ商品として機能は限定する一方でクオリティーの高いものをご用意しています。
石角 AIレセプションといえば、自然な音声のAIスタッフ「さゆり」で知られているサービスですね。確かに費用が高いと飲食店では導入しにくいでしょうね。販売は自社で担っているのですか?
砂金 代理店経由です。デジタルの予約管理システムの市場は、1つの企業・サービスが独占しているわけではありません。そこで飲食店向け予約台帳サービス「ebica」を提供しているエビソル(東京・渋谷)とパートナーシップを結び、販売を委託しています。
石角 そういう仕組みなんですね。エンタープライズ版のものはどういった展開をしているのですか?
砂金 ヤマト運輸のケースではAIスタッフさゆりをカスタマイズしたものを提供しています。現在、ヤマト運輸が受ける集荷依頼などの入電をAIが受けています。
石角 ヤマト運輸ではウェブでも集荷の受け付けをされていたと記憶しています。
砂金 我々は、企業が「電話ではなく、アプリやウェブで手続きをしてください」と利用者に強いることには違和感を覚えます。ヤマト運輸も同じ意見をお持ちで、「電話したい方は電話でどうぞ。ただしウェブを利用していただければ手続きがより早く進みます」「どちらを利用していただいても構いませんが、ご連絡いただければ最適なUXをご提供します」という考えでサービスを構築しています。
石角 利用者に仕組みを強要しない、まさにLINE AIカンパニーが掲げる「ひとにやさしいAI」ですね。素晴らしいと思います。
砂金 ありがとうございます。電話を利用した場合でも、対応者を人間のオペレーターからAIに切り替えていくことで、利用者の待ち時間を短くできます。そうやって利便性を高めるようにしています。まだAIの会話はたどたどしい部分はありますが、さまざまな問い合わせに対応できるようにしていきたいと思います。
石角 AIとの会話のスムーズさで言うと、米GoogleがAIアシスタントである「Googleアシスタント」がレストランなどの電話予約を代行してくれるサービス「Google Duplex」を2018年にローンチしましたが、翌年には「通話のうち25%程度はAIではなく人間が担っていた」という事実を公表しました。その後割合は上がったようですが、ヤマト運輸のAIによる電話応対もある程度は人間が対応しているのですか?
砂金 ヤマト運輸については、ほとんどAIで対応できていると思います。ただ日本の住所は難しい地名が多いため、対応が難しいケースもありますね。例えば京都の住所は「上る」「下る」という表記があって、結構複雑だと感じます。
石角 私たちも音声認識の領域に携わっていますが、日本のマンションは建物の名前に独自のカタカナ英語が使われていて、その点にも苦労しています。
砂金 そうなんですよね。日本の住所に特化した音声認識モデルをつくることができれば人間のオペレーターがすべて対応すると数分かかるケースでも、住所確認だけAIに交代し、それ以外はオペレーターが対応するといったことができ、対応時間が短縮できます。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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