ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。人工知能(AI)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。前編に引き続き、LINE AIカンパニーCEOの砂金信一郎氏にLINE AIカンパニーのAI-OCRの実例と、AI・DXの活用法や未来について聞いた。
▼前編はこちら
LINEが掲げる「ひとにやさしいAIとは?」 LINE AI砂金CEO対談
石角友愛氏(以下、石角) LINE AIカンパニーが掲げる「ひとにやさしいAI」というコンセプトは、DXを進めるうえで非常に大事なポイントだと感じます。ヤマト運輸のケースで、利用者にアプリやウェブの利用を強いるのはおかしいといったお話をされていましたね。ですが実際には行政でも「FAX禁止」などとルールを決め、頭ごなしに変革を求めるようなケースが散見されます。でも電話やFAXを利用している企業の中には、簡単にはやめられない理由を抱えているところもあるんですよね。
砂金信一郎氏(以下、砂金) 例えばどういったケースですか?
石角 先日ある商品を製造している企業と話をしたのですが、製造過程で特殊な溶液を使うため、製造現場に電子機器を持ち込むことができないそうです。だから紙にしかデータを記録できないのです。IoTが叫ばれていますが、この企業のようにどうしても電子化できないところは多いのではないでしょうか。
砂金 確かに、そういった企業は現実的に電子化はできないですね。
石角 台湾のデジタル担当政務委員のオードリー・タン氏は著書の中で、青年たちを示す「青」の世代と、年配者を指す「銀」の世代が、共に何かを創り上げる「青銀共創」という考え方を紹介されています。
さまざまな世代が共に寄り添って、みんなが使えるサービスをつくり上げるというのは、DXやAIを推進する側には必要なマインドセットではないでしょうか。その意味では、ヤマト運輸のケースも利用者にとっての使いやすさをベースに考えられていて、すごくいいなと思いました。
砂金 ヤマト運輸には荷物を正確かつ早くお届けする、という最大の目標があります。そのためにユーザー体験をさらに改善していく必要があります。ただ現在の私たちの取り組みは、お客様コールセンターのUX改善でしかありません。コンビニで荷物を預けたり、営業所に持ち込んだり、利用者はさまざまな方法でサービスを利用しています。そこで今、電話以外のユーザー体験の改善も検討しています。
その1つがAI-OCR(AIによる文字認識)の活用です。弊社のAI-OCRは他社製品と比べても悪条件に強いという特長があります。撮影時に影ができても斜めに撮影されていても、文字を適切に読み取る技術力があります。
石角 LINEではトーク画面でも写真から文字の読み取りができますね。悪条件での読み取り精度はどのように高めたのですか?
砂金 そもそも弊社がAI-OCRに取り組んだのは、2019年に文書解析と認識に関する国際会議(ICDAR)において、4分野で世界ナンバーワンを獲得したのがきっかけです。それまであまり意識していなかったのですが、1番になったことで意外に技術力があるということに気づきました。そこで「この技術でOCRを提供したら、多くの人の役に立つのではないか」という話になったのです。
石角 世界ナンバーワンとは、そんなに高い技術力をお持ちだったのですね。私たちもAI-OCRを扱っていますが、名刺のように書式がある程度決まっているものでも正確に読み取るのは非常に難しいんですよね。GoogleがAPIを公開していますが、それも局地的な場面でしか使えません。複数のモデルをどのように組み合わせてアーキテクトし自社システムに取り込むのか、それをどのようにビジネスに生かすのか、この部分が重要になってきていると思います。
砂金 LINEのAI-OCR「CLOVA OCR」についてはすでに社外での活用が進んでいます。それが沖縄市の新型コロナウイルスワクチン接種の支援です。ワクチン接種を予約するときに紙の接種券をCLOVA OCRで撮影すれば、接種券の情報が自動で入力されます。利用者は入力の手間が省けます。また接種会場でも、スタッフがCLOVA OCRで接種券を読み取ることで、スムーズに受け付けが進みます。接種券を手に持った状態で撮影しても、斜めや逆さまにして撮影しても、全然読み取りには問題ないんですよ。
石角 この話、私もニュースで見ました。これは接種券のフォーマットをAIに学習させたのですか?
砂金 その通りです。紙のどの部分に何の情報があるというのを学習させています。フォーマットが違うので、沖縄市以外の自治体のものは受け付けません。接種券をくしゃくしゃにするなどしていろんな環境で学習させて、悪条件でも読み取れるようにしました。実際、接種会場では、おじいちゃんがポケットからシワシワの接種券を出してくることもあるんですよね。それでも読めるくらいの精度でなければ、現場では使えませんから。
石角 面白い。やっぱりそうやって現場でUXスタディをされたんですね。でもすべてのシナリオに対応できるようにするために改善をし続けるのは、大変ですよね。
砂金 それはあります。だからAI-OCRでも音声認識でも、完璧を求めるのではなく、多少のノイズが入っても構わないので一定の精度で結果を出せるようにしています。だってAIが正しく認識できるように、私たち人間がAIに気を遣って読み取り環境を整えるって、あまり良いことではないですよね。みんなにAIをより自然に使ってもらうためには、しなやかなインターフェースを作ることが欠かせません。
石角 LINEという会社のDXについても聞かせてください。マイクロソフトでは以前プロダクトごとに情報システム部がついていました。ですが情報システム部がさまざまな製品データを一括で管理し、必要なタイミングで社内の誰もがデータにアクセスできるように組織を改編しました。マイクロソフトのように、ここ数年LINEでDXに関して社内で進めていることはありますか?
砂金 弊社ではBtoC向けに提供しているサービスについて、データの一元化を進めています。データにはデータサイエンティストらのチームだけでなく、マーケティングからもアクセスできるようにしています。そこで安全な接続環境を構築するために、割と早い段階から取り組みを進めてきました。
石角 一元化となるとかなりのデータ量になりそうですね。
砂金 弊社ぐらいの会社規模になるとデータプールもかなり大きなものになります。それを管理するインフラをつくるには、結構なエンジニアリングパワーが必要です。そこでデータサイエンスとエンジニアリングを束ねたようなチームをつくりました。
石角 重責を担うチームですね。
砂金 ええ。弊社には「大量のデータと向き合って分析をしたい」という希望を持って入社した人が少なくありません。その人たちにLINEでしかできないような、ダイナミックな仕事をしてもらえるようにしました。
また数理モデルのベーシックな部分は、どのようなタスクをやる場合でも基本的に変わりません。それまでは音声認識だけ、言語処理だけ、データ解析だけと仕事の領域を区切ってしまっていたので、お互いに情報交換をして学び合えるように全員を1つのチームにしました。たださすがにユニットが大きくなりすぎたため、現在は分割しています。それでもバーチャルで相互に連係できるような仕組みにはしています。
石角 データサイエンティストにとってもそういった刺激のある環境で仕事ができるのは楽しいと思います。素晴らしい取り組みです。
石角 先日、NewsPicksが運営する「NewSchool」で「AIビジネスデザイン基礎」という講座を担当しました。講座では理化学研究所革新知能統合研究センター(AIP)の杉山将センター長をお呼びして、講義をしていただきました。その中で今後日本がAIやDXの分野でGAFAやアリババと差別化を図り、生き残っていくためにはどうすればいいのかということを議論した際、「日本はデータが少ないからこそできる手法で、医療や高齢者介護などの問題に取り組んで成功事例を作り、世界にその情報を発信することでポジションを確立していく」という話が出ました。同時に「日本人による、日本初の独自の技術」という差別化手法にこだわっている限りは大きな取り組みができない、という話も出ました。それについてはどう感じますか?
砂金 僕もほぼ同じ意見です。例えば東京や大阪などコンパクトにまとまったエリアにビーコンを設置してジオデータを書き起こす場合、国土が広大なアメリカと比べて低コストで実施できるでしょう。だから日本に特化した手法に集中するのはありだとは思います。でもそれって応用先がないですよね。
例えば高齢者向けのモデルであれば、中国沿岸部に持っていけばスケールアウトする可能性はなきにしもあらずです。でもそれを目指すのであれば、プロジェクトには中国人も入ってもらうべきです。日本人だけが集まって開発を進めるというのは、プロジェクトの初期段階ではまだいいとしても、中期以降はあまりいいこととは思えません。日本に閉じない方がいいと思います。
石角 確かに、土着性にこだわると機会を逃しますね。では最後の質問です。新型コロナウイルスの登場によって消費者の行動様式は大きく変化し、未来が予測がしづらい状況が続いています。そこで経営者の方々に対して、ポストコロナの消費者への向き合い方やDX戦略についてアドバイスをお願いします。
砂金 今あらゆる場面でDXが叫ばれていますが、僕は企業がこれまでのやり方を変えずに、ただ業務をデジタル化してそれをDXと呼ぶのは、非常にセンスが悪いと思っています。それを見つけたら「価値がないのでやめた方がいいですよ」と言いたいですね。
石角 確かに、デジタル化をDXととらえている企業は少なくありません。ではどういったDXを進めていけばいいのでしょうか?
砂金 僕はユーザー体験にフォーカスすべきだと思います。例えば優先度が高いプロジェクトがある中で、別のプロジェクトを進めようとしたとき、「このユーザーのこのケースでこれほど便利になるんです」と具体的に言い切れるのであれば、それは絶対にやった方がいい。何かをトランスフォームしたときに幸せになる人の顔が思い浮かぶのであれば、それは素晴らしいプロジェクトです。取り組むべき価値があります。逆にエクセルしか思い浮かばず、30%コスト削減になるという程度のプロジェクトであれば、再検討した方がいいのではないでしょうか。
石角 「幸せになる人の顔が思い浮かぶかどうか」というのはすごく重要な視点ですね。
砂金 もう一点、これまで弊社ではヤマト運輸のAIによる電話応対など個別最適のAIをたくさん作ってきました。ですが最近、DXとAIの世界ではそういった小さいモデルではなく、大きいモデルがトレンドになりつつあります。OpenAIが大規模自然言語処理モデルの「GPT-3」を作り始めたことが一つのきっかけだったと思います。
大きなモデルを作って、その中で音声や画像、テキストの認識ができるようにする。マルチモーダル(複数の情報を基に行う深層学習)の環境で問題を解いていくアプローチが実現可能な状態になっています。この技術的なトレンドをよく見定めたうえで、それでも個別最適を頑張ることは、それはそれでいいと思います。ですがそれしか見ていないと、時代を読み違える可能性があるため注意が必要です。
石角 トレンドを読む力の重要性は、私もよく感じています。
砂金 今、弊社を含めてさまざまな企業がこういった大きなモデルにおいて、より高い精度の実現と、より良いユーザー体験の提供に挑戦しています。技術的なトレンドを考慮したうえで、自分たちはその領域において先頭に立ちたいのか、それとも少し状況が落ち着いてから加わりたいのかを、技術とビジネスの視点から判断していくことが大事だと思います。
石角 AI、DXについて相談を受けることも多い砂金さんや私は今後どう行動すべきでしょうか。
砂金 私たちはDXに取り組みたい企業が「高いコストをかけてでもより良いユーザー体験を実現したい」のか、「できるだけ低コストで導入し、多くの人たちをサポートしたい」のか、きちんと理解することが大事です。それによって、使うべき技術や取るべき行動は全く異なってきます。それを踏まえて相手が間違わないように、アドバイスをしていくことが必要なのではないでしょうか。
本質的な課題を見定めたうえで優先順位を決めて合意を取りながら進めていくという手法は、僕はコンサルタント時代にたくさんやってきました。今、抽象度が高い依頼がきてもタスク分解がしやすくなっているのは、あのとき訓練をしたおかげだと感じます。
石角 分かります。確かにコンサルをしているとプロジェクトに落とし込む力は養われます。
砂金 「AIでよろしくやって」というなんとなくの依頼がまかり通る現状では、逆にその力がないとうまくいかない気すらしますね。
石角 ですがコンサル出身だからといって、みんながそのスキルを持っているわけではないですよね。最近「AIビジネスデザイナーになりたい」「どういう経験を積めばなれますか」という相談をよく受けています。NewsPicksの講座にも定員を超える応募があり、AIビジネスに興味を持っている人が増えているのだと実感しました。
砂金さんがおっしゃったような、抽象度が高い依頼をタスク分解するというスキルはすごく大事です。でもどうやったらそれを手に入れられるのかというと、やはり経験するしかないという気がします。元も子もない話ですが、やるしかないのだと思います。経験がゼロなのか1なのか、その違いは今後より大きく響いてくるのではないでしょうか。本日は非常に面白いお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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