ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。AI開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。防衛省の大規模接種対策本部長を務めた中山泰秀・前防衛副大臣(現在は、自由民主党政務調査会長特別補佐 外交・国防・ゲームチェンジャー領域担当)との対談の後編(対談は2021年6月29日に実施)。さらに記事後半では自身の起業について話を聞いた。
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デジタルとアナログを融合 大規模接種センターが成功した理由
石角友愛氏(以下、石角) ところで、東京と大阪で少し数字(1日当たりの最大接種能力)が違うのですが、これは何でしょうか?
中山泰秀氏(以下、中山) これは「東京は1日1万人、大阪は1日5000人の方々にワクチンを接種する能力を提供する」ということです。要するに「能力」を提供するということであって、結果としての数字を約束しているわけではありません。これらの数字には実はバッファー(緩衝)のようなものを含ませています。なぜかというと、現場の医官や看護官のほか、民間の看護師や役務提供者の方々にプレッシャーを与えたくないという理由が一つ。さらに我々運営サイドが、被接種者、つまり来てくださる方々にも笑顔で帰ってもらうことが重要だと考えているからです。これは私が最初からずっと言い続けていることです。
双方が笑顔であり続けるためにはプレッシャーやストレスをできるだけ現場にかけたくないという思いがありました。ワクチンを巡る議論もいろいろありますが、そういった意見はいい意味でも悪い意味でも現場に影響を与えます。だからこそ、現場の士気を下げることがないように、モチベーションをどう上げていくかということも大事にしています。
石角 そうですよね。
中山 大規模接種センターは朝8時から夜8時まで稼働しています。準備を含めて、現場には長時間の負担がかかっています。ビブス(ゼッケン)を付けて一日中立ちっぱなしで案内業務などを手伝ってくださる民間の方もいます。現場の皆さんをはじめ、国民の皆さん方のご協力なくして接種センターが円滑に回ることはないと思っています。
石角 接種センターの予約率や接種率を上げるために確かLINEを使われていますよね。テクノロジーを活用してワクチン接種率を向上させることについて、中山先生はどういうお考えですか?
中山 当初は高齢者の方々、つまり普段インターネットを使っていない人たちが予約サイトにアクセスできないのではないかという懸念がありました。しかし、例えば私どもの地元の選挙区では、社会福祉協議会の若手の人たちが代行サービスという試みを始めてくれたんです。地域のお年寄りがワクチンを接種したかったら予約を代行してあげるよと、ボランティアの人たちが動いてくれました。
石角 それはもう、完璧に草の根で動いたということですね。
中山 そうです。子や孫がおじいちゃん、おばあちゃんのために予約してあげようという動きもありますね。65歳以上の方々の接種の時期というのはそういう代行予約が多かった印象があります。
石角 そうすると、LINEを導入した狙いというのは、65歳以上の方に直接訴求するのではなく、実はその周りにいる若い方に対して、いかに簡単に接種予約ができるかというのを伝えるため、ということでもあるのでしょうか?
中山 そうですね。行政の文章は硬いものが多いですが、大規模接種では「できる限り分かりやすくする」という発信者側の責任は可能な限り踏まえておこうと考えました。その上で、受信者側の責任というのは受信者に持っていただくということです。
例えば分からないときには発信者側にご確認いただくとか、間違ったままの理解を放置しないことも重要です。1次情報に触れて確認する、そして正しい理解の上に自分の行動を決定し、起こす。パンデミック(世界的大流行)のような混乱期にはある意味において、偽情報や理解不足から起こる誤解などから、個人のパニックから集団のパニックへと連鎖しないとも限りません。こうした発信者と受信者のそれぞれの責任分担、これが情報通信では一番大事なのではないかと考えます。
これはあくまでも私の考えですが、「情報通信」というのは、漢字にすると“情けに報い、信義相通ず”と書きます。お互いに情けに報いる。そうすると信用、信義が通じるのだというのが情報通信だと思っています。
石角 つまり技術だけではなく、受け取る側と発信する側が信頼関係を築いていくというところでしょうね。
中山 おっしゃる通りです。漢字というのはうまいことできています。
※2022年3月に改めてオンラインで取材を行った。
石角 先日は取材にご協力いただきありがとうございました。個人で新たな活動を始められるとお聞きしたのですが、教えていただけますか?
中山 現在、自らに与えている課題は、「一民間人として、日本を強くする。」というテーマであり目標です。そこで実践としてサイバーセキュリティーの民間企業を作ろうと準備しています。インターネットの世界には国境がなく、国を超えたサイバー攻撃のリスクは高まっています。一方で世界的にサイバーセキュリティー人材と情報が極端に不足しています。今、民間人として国を守るために何ができるのかを考えたときに、この分野で貢献するしかないと思いました。
石角 今、メタバースが注目を集めていますが、サイバーアタックの対象になりやすいという懸念もありますね。ますますサイバーセキュリティー人材の需要は高まると感じます。
中山 そうなんです。そこでサイバーセキュリティー人材のリボルビングドア制度(官民で人材が流動的に行き来する仕組み)の構築に取り組みたいと思っています。
石角 人材育成というと、具体的にどういった構想をお持ちですか?
中山 ひとくちにサイバーセキュリティー人材といっても、当然、人によって能力が違います。例えば柔道や空手など武道の場合、白帯からスタートして、黄色帯、青帯、緑帯、茶帯、黒帯と上がっていきます。有能な人材はそれぞれの“帯の色”に合ったところで教育を受けて成長し、経験を積んでいただく。つまり各人が活躍できる場を提供していければと思っています。
石角 なるほど。人材を育成して、レベルに合わせた活躍の場を生み出していくのですね。初心者も受け入れるのですか?
中山 日本はここ数年、ずっと少子高齢化社会といわれていますが、何か具体的な策を聞いたことはありますか? 私はありません。また策があったとしても効果が出るまで時間もかかれば、大変な投資も必要でしょう。内外を問わず世界には本当に面白い技術を持ったスタートアップ企業もたくさんあるのにもかかわらず、そういった技術をM&A(合併・買収)しようと考える日本人が少なすぎると考えています。人口が減少していく中、今後一体どうやって日本は財政を賄っていけるのでしょうか? 今ならまだ間に合うと思います。
先日トヨタ自動車の工場が操業停止に追い込まれるようなサイバー攻撃が発生しました。このように国家をけん引するような大企業のサプライチェーンに対しての攻撃は、日本の経済にダメージを与えるために行われているのだという認識を、どのくらいの人たちが持っているのでしょうか? 一民間企業が狙われたという単純な問題ではありません。日本が鉄壁の守りを構築していくこと、それも官民共同で一丸となって行う。まずは少なくともその意思を示すところから始めていくことが重要だと考えています。
石角 ウクライナ情勢でもサイバー攻撃が問題になっていましたし、とても重要な取り組みですよね。データサイエンティストは大学や専門学校、企業で育成が進んでおり、ある程度体系化されています。一方でサイバーセキュリティーではまだそれがあまり確立されていないため、一般の方には高度で専門的な知識が必要というイメージを持たれがちです。今後人材を増やしていくためにも、育成の仕組み化は大事ですね。そもそもなぜサイバーセキュリティーの会社を作ろうと考えたのですか?
中山 それには防衛副大臣時代の経験が大きく影響しています。在任時、外部から2人のサイバーセキュリティー人材を雇用したのですが、任期が1年だったのです。大手民間企業を辞めた方が来てくれたのですが随意契約ができないため、1年後には仕事がなくなると、その先のキャリアが描けないですよね。それでは募集してもいずれ誰も来なくなってしまいます。
石角 確かに。在籍していた会社に1年後に戻れるとも限らないでしょうから転職活動もしなければいけませんね。
中山 国はDX(デジタルトランスフォーメーション)人材の育成に力を入れていますが、こういった面を見るときちんと個々人のキャリアパスまでは考えていないのだと感じます。他方で、このままではますます官民ともにマイナスのスパイラルが続いてしまいます。スキルのある人材がそれを存分に生かして活躍し、しっかり給料を受け取る。そこにリボルビングドア制度を構築することで、彼らのような「人材=人財」の皆さんが、自分自身のキャリアパスが見えるようにしていきたいと考えたからなんです。
石角 国の業務を“卒業”された方々に活躍の場を作るのですね。
中山 はい、それだけではありません。とにかくリボルビングドアの構想を具現化すること。具体的には官と民間企業などの境界線をサイバー人材についてはある意味なくしていきたいと考えています。そのような人材の皆さんが、さらなる知識とスキルを身に付けてレベルアップしていくことによって、1つの勤務を終えるごとに先ほど申し上げた“帯の色”も変わっていき、給与も上がる。要はキャリアパスが見えてこそ、人材はそこに集まってくるのだと思います。
石角 どんな展開をされるおつもりですか?
中山 この事業はまさに未知の世界であり、冒険的な起業です。それはサイバーセキュリティー人材こそ実は国境がない世界でもあると思うからです。国内外を問わずどのようにリボルビングドア制度を構築することができ、先進的なセキュリティーソフト・ハードといった武器を持っていただくための投資をしっかり考え、日本国内にもそのような市場を構築していかなければならないと考えています。
日本は昔から加工貿易国です。例えば20世紀の日本は鉄鉱石を輸入して鉄を作り、車などの商品に変えて輸出し利益を得ていました。今後の日本は21世紀型の加工貿易国にならなければなりません。R&D(研究開発)も重要ですが、人口減少・少子高齢化の中、それも難しくなりつつあります。だからこそ海外の先鋭的な技術を日本は原材料として輸入し、それをメイドインジャパンに加工して、海外に輸出していくというコンセプトが大事です。夢は大きく、いずれは世界企業にしたいと思います(笑)。
石角 サイバーセキュリティー人材の育成という分野は、防衛副大臣を務められていた知識と経験をフルに生かせる分野ですし、社会的な意義があり、政治家としての今後にもつながる部分だと感じます。素晴らしい取り組みですので、ITに携わる立場としてもとても期待しています。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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