パロアルトインサイトは、最高経営責任者(CEO)の石角友愛氏が2017年に米シリコンバレーで創業したAIカンパニー 。日本企業に対して、人工知能/機械学習(AI/ML)によるデジタル変革(DX)やシステム開発を推進している。シリコンバレーとシアトルに拠点を構え、日進月歩の技術革新を取り込んで日本企業の業務改善や新規事業の創出を支援してきた。2022年で創業5年目を迎えた同社について、事業の沿革や最近の動向、今後の展開について聞いた。
石角氏:最先端のAI技術を日本企業、特に最高技術責任者(CTO)やデータサイエンティストなどの役職を設けられない中小企業に対して提供し、AIの民主化を支援するため、2017年に米カリフォルニア州・シリコンバレーのパロアルトで起業したAIビジネスデザインカンパニーです。AI技術やDXを企業にとって身近な存在にしたいという思いで起業しました。創業から5年が経過した現在では、100社以上に提案や助言、AI開発の実装や導入、導入後の定着支援、DX推進など多様な形でお手伝いしています。
米国ではDesign of Businessという(デザイン思考と企業が長期的な変革と成果を得るために必要な組織構造を指す)言葉があります。このDesign of BusinessをAIで実現する意味を込めて名付けました。ビジネスデザインは、大手デザインファームのIDEOによると、「Business Viability(ビジネス的実現可能性)」「Human Desirability(人間の欲求)」「Technical Feasibility(技術的実現可能性)」の3要素で構成されています。この3つが重なる部分に対して、AIを使ったビジネスを創造・提案できるのがAIビジネスデザインであり、AIビジネスデザイナーの仕事だとわれわれは考えています。
データサイエンティストやエンジニアで構成されたチームがプロジェクトを動かしながら、クライアント企業とコミュニケーションを取ります。要点は技術的に可能かというよりもビジネスの可能性があるかになります。そのため、AI技術を現場でどのように活用できるか、どのような効果を得られるか、ビジネスの活用性を理解している必要があります。
AIビジネスを推進するAIビジネスデザイナーには、「AI技術」「課題抽出」「PoC(概念実証)デザイン」「プロジェクト実行」「コミュニケーション」の5つの能力が欠かせません。例えば、とある企業が「このデータを使って新しいビジネスを始めたい」「社内データの活用性を考えたい」という段階で技術と経営・投資判断側の間に立ち、プロジェクトを動かすCatalyst(触媒)が今後求められます。
多くの場合、AI開発やDX推進などの文脈ではロボティックプロセスオートメーション(RPA)の導入や受付業務の自動化など、技術的側面から話が始まりますが、重要なのは上流工程から全体像を俯瞰(ふかん)した上でデジタライゼーション(デジタル化されたデータを使用して、作業の進め方やビジネスモデルを変革すること)に着手することです。局所的な課題解決も悪くありませんが、企業全体に適合するかという大局的な視点、鳥瞰(ちょうかん)図で見る視点がないと、最終的な“DX推進で企業の競争力を高めるゴール”にたどり着けません。
われわれは「Why(理由)」だけではなく「How(方法)」も重視しています。開発したAIプロダクトをビジネスの現場で使う担当者のため、ユーザー体験(UX)の最適化を最重要視してきました。「開発・納品したら終わり」「取扱説明書を置けばよい」ではダメなんですね。組織は根本的に変化を拒む存在です。単に導入するだけでは定着しません。“導入の壁”や“定着の壁”を越えていくためには、「UXの最適化」「現場に寄り添った人間中心のAI」の2つが欠かせません。われわれはこれを「現場AI」と呼んでいます。
当然ながら、大企業も中小企業も分け隔てなくサポートしています。ただ、われわれのビジョンは国内企業の99%を占める中小企業へのAI導入を通じて、収益力の向上やサービス創出を実現することです。例えば、ホリプロは大企業に類しますが、デジタル化が進んでいませんでした。そこでわれわれがSNSの投稿からを解析して、タレントの好感度を判断する取り組みを2年前から手掛けています。他にも不二家やリンガーハット、仙台に本社を構える設備開発・販売のベストパーツが好例でしょうか。
ベストパーツは部材受注の9割をファクスで受け付けており、帳票形式も発注企業によって異なりました。ファクスはPDF化していますが、単なる光学文字認識(OCR)では対応できず、人間が商品コードを入力しなければなりません。そこでわれわれが開発した99.6%の精度を持つAI-OCRで帳票を読み取り、データベース化することに成功しました。結果として顧客の需要予測が可能になり、提案型のビジネスモデルに変革できる可能性を生み出します。まさにコア業務をデジタル化してビジネスモデルを変革させるDXですね。
自社が持つ資産の可能性に気付き始めている企業は少なくありません。例えば、蓄積してきた手書きの研究開発メモをスキャンしてPDFとして保管していても、汎用性と拡張性の高い形でビジネスの現場で活用するには、PDF内の文字をテキストとして抽出して自然言語処理を行えるまで進める必要があります。全体像を描きながら小さなデジタライゼーションプロジェクトを推進する需要は高いものの、このフェーズのみ対応する企業も少なくありません。技術を提供する側と導入して活用する側、両方の共同作業まで推進するのが重要ですね。
ハーバード・ビジネス・スクールを卒業後、Googleで「Google Shopping」のオペレーション部門に在籍し、データパイプラインのオペレーションを通じて機械学習を学びました。その後はスタートアップ企業2社を立ち上げましたが、それらの経験を通して、日米の構造的な相違点に気付かされます。2017年当時、米国ではソフトウェアエンジニアの7割がユーザー企業に属していましたが、日本では大部分がITベンダー側に所属していました。
そして、ちょうどその頃、とある企業から「われわれはよいデータを保有しているが、活用方法が分からない。どうにかならないか」との依頼を受けたことがきっかけで、「壁打ちする相手が本当にいないのだ」と気付かされました。そこで、「かゆいところに手が届く」形でエンドツーエンドのサービスをクライアントに届けることのできる会社が今後求められると考え、起業に思い至りました。
また、AIやDXに関する啓もう活動にも積極的に取り組んでいます。例えば、最近では小学生からプログラミング授業も始まっていますが、われわれは高校生向けのAI人材育成カリキュラム「AIと私~AIで幸せを作ろう~」を開催しています。生徒らも、AIに関心はある一方で、当初は「AIは人の仕事を奪う」という認識を持っていました。これは、理解できないからこその漠然とした不安なのです。
ところが、授業を通じて「AIは人間が開発しているのだ」ということを具体的に理解すると、今度は「自身がAIを使いこなす」べく、AI人材になるための具体的なアクションプランに落とし込めるまでになるのです。高校生に限らず、AIやDXに興味はあるけど最初の一歩が踏み出せない人も多い印象ですが、「自分は向いていない」と決めつけずに、まずは今いる場所で“AIを活用して課題解決できるか”を考えてみることから始めてみてはいかがでしょうか。
プロダクトの開発手法や思想、データ活用が進んでいるからです。世界の企業価値ランキングでも上位10社のうち8社がIT企業。そうしたIT企業のビジネスプラクティスやマインドセットの活用方法は日本企業も吸収すべきところがあるのではないでしょうか。ただ、そのまま輸入しても、日本特有の企業文化にはなじみません。よくAI活用やDX推進は日米で2倍以上の差があるといわれますが、米国でも失敗例は多いため、日本はむしろ無駄な失敗を回避できるポジションにあります。成功例を日本企業に届けたいという思いで始めました。
リンガーハットでは、2020年以前から需要予測モデルや受発注システムを用いて、在庫管理や出荷量予測を行うシステム開発を手掛けていました。それが、ご存じの通り、緊急事態宣言を伴うコロナ禍で、いわゆるブラックスワン(予測できない状況を示す用語)状態に陥ります。それまでのシステムは過去数年間の「通常時」における売上データを使用していましたので、当然「緊急事態」での需要予測には使えなくなりました。そこで「緊急事態対応型需要予測モデル」の開発に着手します。
新たなモデルでは、例えば、過去数週間のデータや直近のデータ、気象情報、地域情報といった多様なデータを組み合わせ、需要予測を行う仕組みをつくりました。学習データが減ることで精度が変わるため、重み付けなどチューニングを重ねながら対応しています。受発注に関する無駄も削減できるので、SDGs(持続可能な開発目標)の効果も副次的に期待できます。2022年中に全国700店舗の「リンガーハット」「とんかつ濵かつ」に導入を予定しています。
Microsoft CEOのSatya Nadella氏が発言されているように、全ての企業はデジタルカンパニーになるべきです。AIやDXに関わらない企業は業種を問わず存在しません。そこでわれわれは、「最先端技術をかゆいところに手が届く形で届けたい」という思いとともに、学生に限らず法人向けにもAI人材開発プログラムを展開し、日本のAI人材育成や啓もう活動に貢献していきます。もう一つはESG(環境・社会・ガバナンス)の領域です。最近は脱炭素がキーワードに上りますが、企業の競合優位性とESG、脱炭素には相関性があるといわれています。この文脈において、AIの活用可能性は非常に大きい。
例えば、ガソリン価格の高騰に対する省エネAIや、データセンターの電力効率化などにもAI活用が可能ですので、そういった多様な事例を増やし、企業のESG推進支援に協力したいと思います。また、現在コロナ禍やウクライナ情勢などで先行きが不透明な中、多くの業界で人手不足が問題になることが予想されています。米国では既に小売業界や飲食業界などで働き手が戻ってこないという問題が深刻化しており、ロボットやAIの活用がより大事な課題解決の手法として見直されています。今後、日本でもこのように生活のさまざまな局面でAI活用の必要性が広がることが予想されるため、こうした分野にも大きく貢献していきたいと思っております。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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