先日、米国から一年振りに帰国し、日本のアパレルストアで服を購入した時のことです。帰宅後に試着したところ、サイズが合っていなかったため翌日返品に行こうと思ってレシートを確認すると、返品不可と書かれていました。米国ではどんな店舗でも理由なく返品が可能なため、その違いを実感しました。
「なんでも返品OK」の米国の小売り店舗では、数ドルの小さい商品でも返品をする人がたくさんいます。そのため、返品作業を行うための人件費がかかることや、返品による過剰在庫を抱えていることが問題になっています。
そんな中、アマゾンやウォルマート、ターゲットなどの小売り大手では、返品したい顧客には、返金のみをして商品は回収しない「Keep it」(そのままキープしてください)という取り組みが始まっています。
大手小売業者(特にウォルマート、ターゲット、GAP、アメリカン・イーグルなど)では、ワークアウトウェア、ジャケット、パーカー、ガーデニング用品、玩具などの在庫が多くなりすぎて、商品の保管コストに負担がかかっているとの報道もあります。
そこで、「Keep it」の取り組みが解決策として注目されているのです。この取り組みでは、顧客から返品の申し出があった場合に返金だけを行い、商品はそのまま顧客の手元に保管してもらいます。
例えば、アマゾンでは以前からヨガマットやドッグフードなど、安価でかさばる商品について、顧客が物理的に商品を返品することなく買い物客に返金を申し出ています。
アマゾンの返品に関して詳しく説明されている消費者向けWebサイトによると、「場合によっては、返品なしで返金が可能だと判断することもある」と書かれています。
この判断は、ほとんどの場合、商品の原価により、アマゾン側の一存で決められています。商品の価格が、返品にかかる送料や検品、再入荷にかかる費用を上回るほど安い場合、アマゾンは物流にかかる手間をかける価値がないと判断することがあります。また、商品をキープさせることで、顧客のロイヤリティーが高くなる狙いもあるとのこと。
返品のために商品を郵送する必要がない場合は、アマゾンのリターンセンター上で通知されます。「返金されたが返品を求められなかった」例としてこれまで報告されている商品には、ナプキンリング、哺乳瓶のパーツ、時計、文庫本などさまざまなものが挙げられます。
ウォルマートでもKeep itを実施しています。マーケットプレースで出品をする売り主に向けて記されたKeep it ポリシーの内容によると、売り主は顧客にキープしてもらいたい商品の上限価格を設定できます。このルールは、Walmart.comの選択されたカテゴリーの全ての商品に対して、指定された価格以下の商品に適用されるとのことです。
誰が、どの商品がKeep itの対象となるかを決めたり、返品目的の購入を防いだりするためには、AIが活用されています。同社は正確なKeep itの基準値を公表していませんが、広報担当者は「keep itは返品に伴うコストや環境負荷を軽減し、顧客満足を確保するためのポリシーなのです」と述べています。
こうしたKeep itポリシーについて、小売専門家やコンサルタントは「戦略的な取り組みだ」と述べています。記事によると、小売業者の純利益は売り上げ1ドルにつき1~5セントであるのに対し、返品商品の処理コストは1ドルあたり15~30セントにものぼり、企業の負担となっているといいます。
また、現在の世界的な混乱における港の状況やコンテナの不足を考えると、製品を海外に送るという選択肢は閉ざされているため、国内で処理をするほかなく、そのような理由を加味すると、Keep itポリシーは理にかなっているともいえます。
このような状況を受け、米国では今「リクイデーター」が率いるリクイディティー市場が活性化しています。
リクイデーターとは、廃業する企業の余剰在庫や大手企業の返品商品を買い取り、中小企業や再販業者、ディスカウンターに大幅な割り引き価格で卸売りを行う企業のことをいいます。
例えば、テキサス州・ガーランドにある、リクイディティ・サービス社(Liquidity Service)は代表的なリクイデーターです。同社は、13万平方フィート(1万2000平方メートル以上)もの巨大倉庫にアマゾン、ターゲット、ソニー、ホームセンター大手のホームデポ、家具EC大手のウェイフェアなどから出た返品商品や過剰在庫を大量に仕入れて保管しています。
そして、これらの商品をe-BayやPoshmark(ポッシュマーク)などのP2Pの2次流通マーケットプレースや、D2C、もしくはB2Bなどの異なるチャネルで再販することで利益を出すビジネスモデルです。
リクイディティ・サービス社では、クライアントの余剰品を的確に買い取るために、クライアントの倉庫近くに独自の配送センターを設計する大胆な戦略をとっています。
事例の一つでは、カナダに本社を持つ小売大手のために、本社からわずか20マイルのところに新しい配送センターを開設し、効率的かつ継続的にクライアントの余剰品を調整し、適切に仕分けし、処理能力を最適化したと書かれています。
また、同時に現地で張達した余剰品を売る販路を確立。ロットのサイズと構成を常に微調整し、バイヤーへのアピールを最適化することで、回収率と速度を最大化しているということです。
コロラド州立大学のデータによると、こうしたリクイデーション市場は2008年から2倍以上に拡大し、20年には6440億ドルという規模にまで成長しているといいます。
リクイデーション市場がここまで活性化した背景には、昨今のサプライチェーン問題、急激なインフレなどの要因のほか、返品や過剰在庫が環境に及ぼす悪影響に対し、消費者の関心が高まっていることも関係しているといわれています。
実際、サーキュレーションエコノミーに代表される2次流通などを活用したサステナブルなショッピングの選択肢は、若い買い物客の間で優先度が高まっているといいます。
通常、返品されたり過剰在庫となった商品は、最終的に焼却されたり埋め立て地に送られて破棄されてしまいます。
返品ソリューション企業のオプトロが20年に発表したレポートによると、米国では返品商品の配送などによって毎年1600万トンの二酸化炭素が排出されていることに加え、返品された商品自体によって最大で260万トン以上の埋立廃棄物を生み出していると試算されています。
ESGやSDGsの考え方が定着し、環境に配慮した経営が重視される昨今、こうした環境問題への配慮は小売業者にとって必須事項です。そこに大きなビジネスチャンスを見いだし、多くのリクイデーターが新規参入し、市場が拡大しているというわけです。
米国ではそもそも返品が自由にできることで消費を促す傾向がありました。その反面、過剰在庫や返品による廃棄ロスや環境問題、利益率の圧迫など多面的な問題を抱えるようになってきています。価格が安い商品に限り、Keep itを実施することで無駄なコストを回避できます。
今までのような大量生産、大量消費、大量廃棄のままではシステム自体が機能しなくなっている証拠かもしれません。大手小売企業が実施するKeep itポリシーが今後どのように発展するか、注目する価値があるでしょう。
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2207/28/news033.html
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
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メンバー数:17名(2021年9月現在)
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2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
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※石角友愛の著書一覧
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