コロナ禍で急激にフードデリバリービジネスのニーズが増えました。その中に、新しく「クイックコマース(Qコマース、即配サービス)」というジャンルが生まれているのをご存じでしょうか。
クイックコマースとは、宅配サービスの中でも最短で10分、平均30分以内という短時間のうちに注文した品を消費者へ届けるサービスを指します。
このクイックコマースへ注力している企業の一つが、セブン&アイホールディングスです。傘下の米セブン-イレブンはこのほど、料理宅配のクイックコマースを行う創業4年のスタートアップを買収しました。
買収されたのは、テキサス州に拠点を置くスキップカート社です。買収額は非公表ですが、2020年に同社がルクセンブルクの投資会社(Sustainable Growth Management)から資金調達を行った際の評価額は6500万ドル(87億円弱)にのぼるという報道もあります。
スキップカート社は10万人以上のドライバーのネットワークを持ち、米国の37州でセブン-イレブンやレストランチェーンの「アップルビーズ」など1000以上の事業者の商品を平均30分で届けるサービスを展開しています。ユーザーは配達状況をアプリから確認できます。
スキップカートの運営責任者は、以前米セブン-イレブンで宅配注文用モバイルアプリ「7NOW」に携わっていたということが分かっています。以前より米セブン-イレブンが注力しているこのアプリはどういったものなのでしょうか。
7NOWが他の宅配アプリと比べて高い支持を受けている主な理由として、商品数の多さと配達の利便性の高さが挙げられます。ユーザーは、7NOWアプリを通じてスナック菓子、総菜、食料品、飲料など3000点以上のあらゆる商品を24時間365日、おおむね30分以内にいつでも配達してもらえます。また、サービスの提供範囲は幅広く、514都市を網羅しています。その中にはニューヨーク市など主要43都市も含まれます。
報道によると、こうした利便性の高さを受け、21年度の同サービスの売上高は20年度と比べて2.5倍に増えています。実際に、米セブン-イレブンでは7NOWを成長の柱に掲げており、25年度までに7NOWの売上高構成比を3%まで高める計画だといいます。
セブン&アイHDも、24年度までに日本国内にあるセブン-イレブンのほぼ全店にあたる2万店に7NOWの展開を広げる計画だと発表しています。
もともと米国でクイックコマースが発展した背景には、米国ならではのパーティ文化と、それに伴うアルコール消費のニーズがありました。
特に、若い世代が夜間にパーティを行うとき、突然ビールやつまみが足りなくなることは日常茶飯事です。かといって、配達されるまで1時間も待てないし、パーティーが始まったので買いに行くのも難しい──そんな状況で人気を博したのがクイックコマースのサービスだったのです。
特に、夜中のパーティでお酒が必要になった時には、通常のデリバリーアプリだと営業時間外のお店が多いため、7NOWなどの24時間営業のアプリへのニーズが高まります。実際に、7NOWでもアルコールの配達をしていることをWebサイトの「よくある質問」の冒頭で打ち出しています。
「アルコールは配達していますか?」との質問への回答は「一部の都市では、ビール、ワイン、リカーの配達が可能です! ご住所を入力すると、お住まいの地域でどのようなアルコール飲料の配達が可能かを確認できます。アルコール配送のご注文には、21歳以上であることを確認するための身分証明書のご提示が必要です」。IDを提示することで酒類の注文が可能であることが記載されています。
また、米国のクイックコマース大手にゴーパフ(GoPuff)という会社がありますが、この会社は創業当初、水タバコをオンデマンドで配達するデリバリースタートアップとして成長しました。これも、パーティの際に水タバコを吸う機会がある消費者の、「今すぐ吸いたい」というニーズに着目したことによる成功だと考えられます。
今後、より競争が激しくなりそうなクイックコマース市場。その中で、どのような事業者が成功するでしょうか。命運を分ける要因となるであろう3つのポイントを紹介します。
(1) ホワイトレーベル対応をしているか
ホワイトレーベルとは、他社メーカーで製造されたものを自社ブランドとして販売するビジネスの手法のことを指します。この手法をクイックコマースのサービスに当てはめると、小売業者が他社の構築したデリバリーサービスを自社のものとして利用できる、ということになります。
例えば、米大手デリバリーアプリのドアダッシュは、ドアダッシュドライブというホワイトレーベルサービスをセブン-イレブンなどの小売業者に提供しています。ドアダッシュドライブはそれぞれのお店が使っているPOSシステムと連携しているため、セブン-イレブンなどの小売業者はドアダッシュアプリに自分のお店を出店する必要はなく、自社アプリで集客と販売を行い、配送のみドアダッシュに委託することができるのです。
このように、小売業者がホワイトレーベルを利用することで得られるメリットには、以下のようなものが挙げられます。
・これまで自社サイトを通じて構築してきた消費者との接点やデータ収集パイプラインを維持できる
・デリバリー側の複雑なロジスティクスを管理する必要がなく、コストも抑えられる
こうした点を踏まえると、クイックコマースサービスを提供する上で、ホワイトレーベル対応をしているかどうかということは大きな差別化要因になることが分かります。また、ホワイトレーベルを提供する場合「付加価値としてどれだけ多くの種類のPOSシステムと連携できるか」「データ分析などを提供できるか」といった点も重要です。
前述のドアダッシュドライブも、Square、Toast、Oloなど、多数の主要なオンライン注文およびPOSプロバイダーと提携可能である点を大きくアピールしています。
ただし、冒頭でも述べた通り、米セブン-イレブンはスキップカート社を買収しました。その背景には、ドアダッシュへの依存度を下げ、徐々にデリバリー機能も内製化する方針があると推察できます。
(2) 倉庫や在庫、店舗を持つのか否か
ドアダッシュやウーバーイーツなどはドライバーとお店と消費者をつなげるマルチサイドプラットフォームです。一方、前述の水タバコで成長したクイックコマース大手のゴーパフなどは、自社の倉庫で在庫を管理することで、注文から30分以内に商品を受け取れる顧客体験を提供しています。
また、ゴーパフはゴーストキッチンなども独自に運営していることから、最近ではその垂直統合の仕組みを利用して、プライベートブランドのピザ「Mean Tomato Pizza」を販売したり、ハンバーガーショップチェーンのBurgerFiと提携をして夜中の3時までバーガーをトラックで販売したりする事業を行うなど、単なるデリバリーアプリの域に止まらない多角的な展開をして注目されています。
しかし、倉庫を独自に管理するには固定費の支出を伴います。
ブルームバーグによると、現在同社が運営する倉庫は約600あり、そのうちの半数が過去1年間に一気に設けたものだといいます。1拠点につき、平均約25万ドル(約3400万円)の開設費用が投じられているほか、いずれの倉庫にも運営・管理費といった固定コストが継続的に発生することから、固定費による利益率の圧迫が問題となり、これに昨今の景気悪化も相まって、今年7月には従業員の10%を削減、数十カ所の倉庫を閉鎖する事態となっています。
(3) ギグワーカー活用か、ドライバーを囲い込むか
ウーバーイーツやドアダッシュなどのプラットフォーマータイプのアプリでは、通常ドライバーを従業員として扱わず、ギグワーカー(インターネットを使って単発の仕事を引き受ける労働者)としてネットワーク化しています。これには、より多くのエリアに多くのドライバーネットワークを持つことでネットワーク効果を生み出し、新規参入の障壁を高めるという狙いがあります。
しかし、近年のギグワーカーへの対応の問題、従業員として扱うべきだという動きなどの労務関連の規制強化から、プラットフォーマーが法的なリスクを抱えているのも事実です。
結果的に、リスク管理、労務管理、法務関連や政治家や自治体へのロビー活動のコストが高くなります。また、ギグワーカーの場合、複数のアプリを掛け持ちするのが一般的なため、クイックコマースのように「15分で配達してほしい」という顧客のピンポイントなニーズを実現するためには最適なモデルとは言えません。
そこで最近はドライバーを独自に採用して囲い込むクイックコマースも出てきています。
例えば、クイックコマースサービスを日本で開始したOniGO(オニゴー)は、最短10分という配達速度で他社との差別化を図っています。この配達の速さを可能しているのが、配達員との契約方法や、配達専用店(ダークストア)の設置場所の工夫です。
OniGOは、ダークストアに自社所属の配達員を駐在させることで、商品の注文が入ったらすぐに出発できる環境を整えている点が特徴です。このため、他のデリバリー業者では一般的なフリーランスや個人事業主が配達するギグワーカーモデルは採用していません。
いつまでも収束の兆しが見えないコロナ禍で、デリバリーアプリやクイックコマースの需要は今後も伸び続けることが予想されます。一見同じサービスにも思える両者ですが、ランチやディナーなど予定が組みやすい注文の場合には従来のデリバリーアプリで対応できる一方で、おむつなど「今すぐないと困る」商品や、パーティの現場ですぐに消費する夜食やアルコール関連商品などにはクイックコマースが適しています。
とりわけ、クイックコマースは配達の即時性が競合優位性に直結するため、独自のドライバーの囲い込みやタイムリーな倉庫管理、適切な需要予測を通じ、効果的に消費者の発注に備える必要性が従来のデリバリーサービス以上に高いと言えます。
不景気の煽りを受けて解雇の動きが進むテック業界ですが、コスト削減とは真逆の方向に進むクイックコマース業界の今後に注目したいと思います。
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2208/25/news033.html
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
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2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
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※石角友愛の著書一覧
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