ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。人工知能(AI)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。今回はコーヒー生豆のオンラインプラットフォーム「TYPICA(ティピカ)」を展開するTYPICA(大阪市)代表・共同創業者の後藤将氏と石角友愛氏の対談の後編。前編では創業経緯やプラットフォーマーながら物流まで担う理由を聞いた。後編ではコーヒー業界が抱える問題とそれに対するDXを活用した解決手法について議論した。(対談は2022年7月21日)
▼前編はこちら
DXで世界一のコーヒーマーケットをつくる「TYPICA」の挑戦
石角友愛氏(以下、石角) 今度はコーヒー豆流通のDXについて聞かせてください。先日、TYPICAのプラットフォームで、試しにロースター登録をしてみたんです。自分が関わっている国、関わりたい国など複数の質問に答えていくと、コーヒー豆のオファーリストが出てきました。このリストはロースター登録者の国や興味関心に合わせてはじき出しているのですか。
後藤将氏(以下、後藤) そうですね。ロースター登録者のいる国や時期などによってリストは変わる仕組みになっています。また生産者自身がターゲットとしたい国を選べるようにしているので、それも反映しています。
実は今、生産者とロースターの内面をマッチングする新しいアルゴリズムを開発しているところなんです。ロースターに対して、例えばコーヒーを好きになった原体験、コーヒーの仕事に就いた理由やビジョンをヒアリングし、それをプラットフォームに登録していきます。そしてロースターのフィロソフィー(哲学)とマッチした生産者を紹介するといった仕組みです。両者を理念や志でつなげます。
石角 DXの仕組みとしてすごく興味深いですね。ネット広告ではインタレストマッチの手法が使われていますが、それに近いかもしれません。サイトに生産者のコーヒー豆を生産することに対する思いが綴られた「ナラティブ(物語り)」も掲載されていますが、この内容もマッチングに生かせそうですね。
後藤 物があふれる現代においては、物質だけでなく精神的なつながりが重視されるようになってきています。DXは単なる効率化の手段ではなく、より価値でつながる取引を推し進める1つの手段だと考えています。
コーヒーのプライシングに関しては、「ブラインドオークション」というユニークな取り組みも始めています。これは誰がいくら提示しているのか見えない状態でコーヒーの入札を行い、オークション最終日に入札結果とほかの入札者の金額を表示するものです。
ブラインドオークションをすると、同じコーヒーでもロースターによって入札金額に3倍ほどの差が出ることがあります。つまり、買い手ごとにその豆に対して考える価値が違うということ。豆の本当の価値が的確に価格に反映されるようになると期待しています。
石角 人によってWillingness to Pay(製品やサービスに対して消費者が自ら喜んで支払う価格)は異なります。それがTYPICAというプラットフォームを活用することできちんと表現されるというのは、生産者にとっても大きなメリットですね。
石角 新しいアルゴリズムの開発、プラットフォームの運営に当たり、データは不可欠だと思います。どのようにデータを収集・活用されているのでしょうか。
後藤 私はデータというのはすべて過去の話と認識しています。既存のアルゴリズムはすべてそういった過去データから結果を導き出しています。コーヒー業界が今後直面するであろう問題も、ありたい姿も、みんなで共有しています。私たちはその未来から逆算して、必要なプラットフォームの構築とそれを活用するコミュニティーの形成を進めています。何を実現するためのシステムなのかが明確で、利用者が増えていけば、自然と必要なデータが集まってくると考えています。
石角 みなさんが共有されている課題として「コーヒーの2050年問題」があると思います。TYPICAのプラットフォームはその解決にどう役立つのでしょうか。
後藤 2050年問題については誤解している人も多いので、少し説明させてください。2050年問題とは「気候変動によって、高品質なコーヒーとして知られるアラビカ種の収穫量が半減すること」と認識されがちですが、それは少し話が飛躍しています。気候変動によってコーヒーが収穫できるエリアと標高が変わることはあると思いますが、「気候変動=収穫量が半減」ではありません。気候変動によって気温がいつもより上昇したり、雨量に極端な変化があったりする年は、収穫量が減る可能性があります。ですがそれはコーヒー豆に限らず、あらゆる作物にいえることですよね。
石角 確かにそうですね。私も誤解していました。そうすると2050年問題はコーヒー業界にどのようなインパクトを与えるのでしょうか。
後藤 大事なことは、気候変動によってコーヒーがよりリスクの高い作物になり、小規模生産者が減少していく傾向にあるという点です。コーヒーは先物市場で価格が決まるため、そもそもリスクが高い作物です。飲み物なのに、味の良しあしで価格が決まるわけではない。そのうえベトナムやブラジルなどで大量生産されれば、ほかの国のコーヒーの価格も下がります。世界全体で価格をコントロールしていること自体が時代遅れなのかもしれません。
現代のテクノロジーを活用すれば、生産者自らが価格を決めて世界に向けて販売するダイレクトトレードが当たり前にできるはずです。ダイレクトトレードであれば価格の変動を抑えることができるほか、継続的な取引も可能になる。TYPICAはそれを実現するためのプラットフォームなのです。
石角 コーヒー豆生産のリスクが低減すれば、小規模でも生産しようと思う人が増えていく。コーヒー業界が抱えている問題に一石を投じることができますね。
後藤 実はコーヒー豆の生産はワインとよく似ています。ワインはブドウの品種や醸造プロセスによって味が大きく変わりますよね。コーヒーもコーヒーチェリーの品質や発酵、乾燥のプロセスによって多様な味が表現できます。だからコーヒー生産はすごく奥が深くて面白いんです。
ところが先ほど説明したように、先物取引であることなどからもうかる仕事ではない。生産するのも大変なので後継者不足の問題に直面しているうえに、ケニアなどでは都市化の影響でコーヒー農園が年々商業施設化しています。
石角 生産者の減少、後継者不足などは、日本をはじめ世界の国々が直面している問題と同じですね。
後藤 そうなんです。そのコーヒーマーケット自体の問題に気候変動の問題が重なったことで、コーヒー豆の栽培を諦めてしまう生産者が増え続けています。ですがコーヒーの味を評価するパブリックなマーケットができれば、その流れに歯止めがかかるはず。小規模生産者が生み出す豆の個性が、価値に変わる。するとそこに引かれて、新たに生産に取り組む若手も増えていくでしょう。
小規模生産者がつくる多種多様なコーヒーの流通が増えていけば、コーヒーがよりカラフルな飲み物に変わります。私たちはそういう世界をつくっていきたいと思っています。TYPICAのビジネスに共感して、参画してくる生産者やロースターは年々増えています。
石角 コーヒーとワインのアナロジーはとても納得できました。ただワインは今や芸術の領域に達していて、例えばボルドーでは生産したシャトー名が1つの価値にもなっています。両者は似ているところがあるのに、その立ち位置は大きく違います。
後藤 ワインが発展した一方、コーヒーがコモディティー化されたのは、生産しているのが先進国なのか、発展途上国なのかが大きく影響していると考えています。コーヒーは発展途上国で生産されることが多く、いまだに搾取の構造が残っています。ワインはフランスなど先進国を中心に生産されています。生産者も自立しているため、品質を高めることに一層力を入れ、石角さんがおっしゃったようなシャトーごとの個性をつくりだしているのです。コーヒーもワインのように発展していくためには、まずその土壌として開かれたマーケットが必要です。
石角 個性を評価するトレンドは、今後ますます重要になっていくと思います。御社が力を入れている生産工程における「Transparency(透明性)の確保」も、コーヒー業界だけでなく、今やどの業界においても求められています。
後藤 ブロックチェーン技術の発達によって、それがより実現できるようになると期待しています。
石角 今後についてはどういったロードマップを描いているのですか。
後藤 世界のコーヒー生産者に対しては投資を強化して、より多くの小規模生産者にTYPICAを活用してもらい、生産量の増加、品質アップにつなげていきたいと思っています。そのために生産者への知識の提供、貸し付けによる設備支援などは今後も積極的に進めていくつもりです。
日本については、ロースタービジネスの価値を高めることに注力していきたいと思います。というのも日本のコーヒーの焙煎(ばいせん)量は、韓国やヨーロッパ各国に比べて圧倒的に少ない。桁がひとつ違うんです。韓国では、街を歩けばカフェに当たるといわれるほどカフェが多く、カフェカルチャーができあがっています。その韓国をはじめ、世界のコーヒー消費量の40%を占めるヨーロッパではコモディティー化されたコーヒーからスペシャルティーコーヒーへと置き換えが進んでいます。
日本ではロースターの規模が小さく、まだまだスペシャルティーコーヒーを提供しているカフェも少ない。そこでTYPICAがスペシャルティーコーヒーの価値を高め、シェアを伸ばしていく力になりたいと思っています。そのために今、テレビCMや、全国各地のロースターとのコラボレーションによるポップ・アップ・イベントの企画を推進しています。10月からスタートします。
石角 私もコーヒーラバーとして、日本でのスペシャルティーコーヒーの広がりには期待しています。では最後に、コーヒー生産と同じ第1次産業でDXに取り組んでいきたいと考えている事業者の方々にアドバイスをお願いします。
後藤 コーヒー生産においては、豆の品質や土壌の相性など、さまざまなデータのデジタル化が進んでいます。DXによって本来、人間がやらなくてもいいものをシステムに任せて、人間が人間にしかできない、人間性の発揮に集中できるようになります。第1次産業においても、テクノロジーをフル活用してDXを推進し、よりクリエーティブな仕事に取り組んでいってほしいと思います。
石角 TYPICAがコーヒー業界の抱える問題の解決、コーヒーの価値を高めるために重要な取り組みをされていることがとてもよく分かりました。今後の事業の広がりにも期待しています。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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