数学者が発見できなかった計算アルゴリズムを見つけ出す手法とは
パロアルトインサイトの石角です。2016年にDeepMindが開発した「AlphaGo」が、世界トップレベルの囲碁棋士に勝ったことを、ご記憶の方も多いでしょう。約6年後の2022年10月、DeepMindは新たなAI「AlphaTensor」を発表しました。
AlphaTensorはボードゲームで磨かれた技術を基礎としつつ、数学における「行列の掛け算」の計算手順を探すことに特化しています。そして数学者が長年にわたって研究しても発見できなかった、新たな計算アルゴリズムを見つけ出したのです。
シリコンバレーから現役データサイエンティストのインサイトをお届けする「The Insight」。今回取り上げるのは、DeepMindが発表した新たなAI「AlphaTensor」です。
論文データ:今回のディスカッション対象の論文をご紹介します。
タイトル:Discovering faster matrix multiplication algorithms with reinforcement learning
著者:Alhussein Fawzi et al.
掲載サイト:Nature
発行日:2022年10月5日
引用数:
URL:https://www.nature.com/articles/d41586-022-03023-w
AlphaTensorは、2022年10月にDeepMind社が発表したAIです。どのようなAIなのかを紹介します。
AlphaTensorは、「行列を掛け算するアルゴリズム」を探すために開発されました。「行列の計算なんて自分には関係ない」と思われるかもしれませんが、じつは関係あります。私たちが毎日使っているスマートフォンの内部では、膨大な数の行列の計算が行われているのです。例をあげると以下のような処理で、行列の計算が必要となります。
スマホでの行列の計算
AlphaTensorが新たなアルゴリズムを発見すると、こうした処理がよりスムーズに行えるようになる可能性があります。行列の掛け算は幅広い領域で使われているため、社会に大きなインパクトを与えうる研究テーマなのです。
AlphaTensorは、ボードゲームで大きな成果を出したAIである「AlphaZero」をベースとしています。2018年に発表されたAlpaZeroはチェス、将棋、囲碁のすべてで、トッププロ棋士を上回る強さを手に入れたことから、話題となりました。
AlphaTensorの開発は、AlphaZeroの研究で得られた知見をボードゲームの外の世界に広げ、数学の問題に適用しようとする試みだといえます。なおAlphaZeroの前身である「AlphaGo」について、過去記事「AIが囲碁で人間に勝つ。その事実のどこが凄いのか」や「強化学習をビジネスに応用するには?」で詳しく解説しました。ぜひあわせてお読みください。
AlphaTensorへの理解を深める基礎として、行列の計算アルゴリズムについて解説します。
行列の掛け算の最も基本的なアルゴリズムは、「まず各要素の掛け算を行い、その後で足し合わせる」というものです。
「3行3列」の行列どうしの掛け算での例が下図です。計算後の行列の成分である「11」という値を計算するために、「3回の掛け算」と「2回の足し算」が行われていることがおわかりいただけるでしょう。こうした「計算の手順」を「アルゴリズム」と呼びます。
行列の各成分を計算する手順は1つではなく、複数ありえます。できるだけ少ない回数の掛け算や足し算で計算する手順を見つけられれば、より簡単に行列どうしの掛け算を行えるようになるのです。
なお行列の掛け算は、「×」の左側にある行列の「列」と右側にある行列の「行」の数が同じでなければ実行できません。そのため掛け算される2つの行列のサイズは(n,m,p)と表現できます。ここでn、m、pの意味は以下の通りです。
たとえば、この表現を使うと上図の「3行3列」の行列どうしの掛け算は(3,3,3)と表されます。
長年にわたって、基本的なアルゴリズムこそが、最も計算の効率が良い手順だと考えられてきました。しかし、ドイツの数学者Volker Strassenがより良いアルゴリズムを発見し、1969年に発表しました。この発表により、行列の掛け算の計算手順には工夫の余地があることが知られるようになったのです。
Strassenの発表以来、多くの数学者たちがさまざまなサイズの行列で、より良い計算アルゴリズムを探求してきました。その結果、基本的なアルゴリズムよりも少ない計算回数で行列の掛け算を行う手順が、多数見つかっています。
AlphaTensorはどのように新たな計算アルゴリズムを発見するのか、その技術的な手法を解説します。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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