ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。人工知能(AI)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏が、トップ経営者や専門家と具体的かつグローバルな議論を展開する。今回は冷凍パンのサブスクリプション(定額課金)サービス「パンスク」を展開するパンフォーユー(群馬県桐生市)代表取締役の矢野健太氏を迎え、サービス開発の背景やパン業界のDXについて議論した。(対談は2022年10月5日)
石角友愛氏(以下、石角) 私はパンが大好きで、仕事で日本の地方に行くときには町のパン屋さんでパンを買うのがちょっとした楽しみになっています。矢野さんはパン職人やパンメーカー勤務の経験がない中で冷凍パンビジネスを始めたそうですね。まずはどういったキャリアを歩んでこられたのか、教えてください。
矢野健太氏(以下、矢野) 広告会社の電通に勤めた後、ベンチャー企業を経て、地元である群馬県桐生市のNPO法人で働き始めました。そのときに冷凍パンメーカーと出合ってパンフォーユーを立ち上げたのですが、実はキャリアの転換点となったのは、石角さんも学ばれたハーバードビジネススクールのキャンパスビジットなんです。そこで刺激を受けて「群馬にビッグカンパニーをつくりたい!」と考えるようになりました。
石角 矢野さんの著書『失敗の9割が新しい経済圏をつくる』(かんき出版)の中で印象的だったのが、クラウドファンディングを使って個人向けのパンのオーダーメードサービスを始めたのですが続かず、余った100個もの冷凍パンを知人の会社に送ったことからオフィス向けの需要に気づいたというエピソードです。
矢野 そうなんです、マーケットを見つけたのは本当に偶然でした。オーダーメードのパンを作ってもらっていたメーカーとの業務提携を解消することになり、借りていた冷凍庫も手放さなければいけなくなりました。
冷凍パンの在庫の保管先に困り、知人の会社に100個ほど送りました。もともと30個の予定だったのに勢いで100個送ったため、オフィスの冷凍庫がパンでいっぱいになってしまったそうです。でもその様子を撮影した写真を見て、逆に「オフィスの冷凍庫って、こんなに量が入るんだ」と驚きました。しかもパンは社員に好評で、すぐになくなったそうです。
石角 確かに、家庭の冷凍庫はほかの冷凍食品も入っていてどの家庭もあまりスペースはないと思いますが、オフィスの冷凍庫はあまり使われていないかもしれません。
矢野 当時、オフィスの休憩室に専用冷蔵庫を設置して野菜や総菜などを販売するサービスが話題になっていたこともあり、「オフィス向け冷凍パンならニーズがあるかもしれない」と考えました。さっそくFacebookで呼びかけてみたところ、知人が手を挙げてくれて、渋谷にあるIT系企業での導入が決まりました。
僕がオフィスにパンを持っていくと、毎回社員の方々が集まってきてパンを手に取ってくれました。考えてみると、都心にあるオフィスはランチ難民が結構多いんですよね。その方たちにパン屋さんの作ったおいしいパンを提供できれば、ビジネスチャンスはあると考えました。しかもパンだけでなく冷凍庫レンタルの要望もあったので、その分の料金をプラスすれば送料分も元が取れる。そこで2018年にオフィス向けの福利厚生サービスとして「パンフォーユーオフィス」を始めました。
石角 お話を聞いていて、大学時代に米ロサンゼルスの企業でインターンをしていたときに、移動販売の店でランチを買うのが楽しみだったことを思い出しました。オフィスでいろんなパンが買えれば、ランチタイムのちょっとした息抜きになりそうですね。しかもパンは持ち運びしやすくてインスタ映えもするし、会話のきっかけにもなります。
米国でも福利厚生として社員のためにサラダの配送サービスなどを導入する企業が増えています。パンフォーユーはそういった食べ物のサブスクの需要にフィットしていると感じますね。
石角 オフィス向けに冷凍パン販売を始めた後、20年に個人向け(BtoC)の冷凍パンのサブスクリプションサービス「パンスク」もスタートされました。なぜBtoCに乗り出したのですか?
矢野 もともといつかBtoCをやりたいという思いはあったのですが、背景として大きかったのは、パンは単価が低く、相当な数を販売しなければ収益面でかなり厳しい商材であるという点です。世の中から認められるパン自体の価値を上げなければ、パン業界の利益構造は良くなっていきません。
私たちもプラットフォーマーとして業界を独占するつもりで取り組んでおり、コモディティーではない形で、高価格帯のパンを広げていくことが大事だと考えていました。そのためにはBtoCでブランドを確立することが必要でした。
それにパンフォーユーオフィスのお客さまから「個人向けが欲しい」というお声を頻繁にいただいていたことも後押しになりました。
石角 業界の利益構造を変えるところまで考えていたのですね。現在の売上比率では、オフィス向けと個人向けのどちらの方が大きいのですか?
矢野 圧倒的に個人向けですね。これには個人向けのパンスクを始めた直後に、新型コロナウイルスの感染症が拡大し始めたことが影響しています。オフィスが次々とシャットダウンされたため、オフィス向けの需要は一時期減少しました。その一方で巣ごもり需要を取り込み、個人向けが伸びました。今もまだユーザーは増え続けています。
それにここ数年、「パン屋めぐり」がはやるなど、スーパーやコンビニに並ぶパンではなく、町のパン屋さんのパンを楽しむ人が増えました。日本におけるパンのイメージが変化したことも理由だと思います。
石角 ただ毎月ユーザー数の変動があるとなると、規模の小さい町のパン屋さんから一定数を確保するのは大変ではないですか?
矢野 一般的にEC(電子商取引)は在庫管理が難しいといわれています。いつどの程度の注文がくるのか見通しが立たなければ、必要な在庫量が分かりません。特にパンのように食品、かつ賞味期限が短いものはさらに大変です。そのため、パンスクは一定の需要の見込みが立ちやすいサブスクリプションモデルを採用しています。
さらに、独自開発のシステム「パンフォーユーモット」経由で、パン屋さんから事前に製造可能数を提出してもらっています。私たちはシステムを使ってそのデータとユーザー数を付き合わせてパン屋さんごとの発注数を決め、製造前に正式にお伝えする受注生産型をとっています。代金は箱単位でお支払いします。
石角 なるほど、事前につくらなければいけない数が分かっていれば製造計画が立てやすく、ロスが出ない。収益の見通しが立ちますね。
石角 「パンスク」のサービス内容について教えてください。月1回、冷凍パンが届くそうですが、パン屋さんは自由に選べるのですか?
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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