今回は、これまでにない低価格でファストファッション業界を席巻する、中国発のファストファッションスタートアップSHEIN(シーイン)の競合優位性と、今後立ちはだかる課題について考察します。
SHEINは11月13日に、東京に初のオフライン店舗をオープンし話題を集めています。同社は日本だけではなく、米国のファストファッション界でも年々存在感を増し、注目されています。
ウォールストリート・ジャーナルによると、同社は今年240億米ドル(約3兆4200億円)の収益を上げる見込みで、ファストファッションの強みを生かして新スタイルを素早く市場に届ける生産体制と、超低価格な価格設定が強みです。
今年初め、ニューヨークのプライベート・エクイティ企業やその他の投資家から10億ドル以上を調達したことで推定時価総額は1000億米ドル(約14兆2400億円)に達し、2大ファッション小売企業であるZaraとH&Mの合計時価総額を上回ったと報じられました。また、同社の商品総額(GMV)は2022年に50%増の300億米ドル(約4兆2700億円)になると予測されています。
インフレが進む米国では、アパレル商品の価格も値上げに転じている現状があります。例えば、これからの季節に欠かせないニットのトップスをH&Mオンラインで検索してみると、24.99ドル(約3500円)ほどであるのに対し、同じような商品がSHEINでは14.16ドル(約2000円)で売られています。
また、SHEINのサイトを検索してみると、トップスの中には(セール品を含め)2ドルや3ドルの価格帯のものも多く見受けられ、その安さとバラエティに富んだ商品のラインアップに驚きます。
特に米国の消費者にとって、2ドルや3ドルほどの価格帯でアパレル商品が購入できることはほぼありえないため、こうしたSHEINの価格設定は非常に魅力的に映るのです。中にはセールで2ドルを切る商品(約280円)もあります。
なぜSHEINはこれほどまでの激安価格で商品が売れるのでしょうか。
SHEINの価格の背景には「世界の工場」と呼ばれる中国だからこそできる巨大なサプライヤーネットワークの構築と、アルゴリズムを活用した小ロットの生産管理体制があります。
SHEINは、中国南部の広東省の広州にサプライチェーンを構築し、現在では3000社以上のメーカーを含むサプライヤーネットワークを構築しているといいます。
そこで、各アイテムを工場に100~200着だけ発注する仕組みを導入しています。発注を受けた工場では、全ての服の生産をリアルタイムで追跡できる独自のソフトウェアを使用しており、売り上げや閲覧行動などのデータを取り入れたアルゴリズムを使って顧客の好みや需要をフィードバックします。
特定の商品への関心が高まれば、その場で生産量を増やすというフレキシブルな生産管理方法を導入しているのです。
SHEINのCMO、Molly Miao氏によると、この生産管理方法を取り入れた結果、SHEINの販売率は98%を記録しているということです。販売率(=セルスルー率)とは、一定期間、例えば月単位などにメーカーから受け取った在庫の量に対して、販売された在庫の総量が占める割合をいいます。
つまり、SHEINでは100商品のうち98商品は売れており「売れていない商品はほとんどない」という状態になっています。
ほとんどの商品が売れているということは、すなわち、売れない商品を瞬時に見定めてサイト上から消していく、確実に売れる商品だけを生産しサイトで販売していく、ということです。
Miao氏によると、実際、サイト上で売れていない商品はすぐに削除されることが多いといいます。そのため、無理やり人気のない商品を売り切るためのセールを実施したり、顧客獲得コストを割いたりする必要がなくなり、余剰在庫が減るようになります。
SHEINの高い販売率について専門家は、「販売率はサプライチェーンの効率性を測る重要な指標であり、製品価格の差別化要因になる」と述べています。同社が激安価格で商品を提供できる背景には、サプライチェーン効率化の実現により、在庫をかかえずに小ロット生産が可能となったことや、リアルタイムでサイトからのデータをフィードバックしながら人気商品を未定め、柔軟に生産量を増減できる体制にあると言えます。
他紙の連載記事でも紹介したのですが、現在米国では、多くのアパレルメーカーが余剰在庫を抱えていることが問題になっています。
例えばNIKEでは、エアジョーダンなどのブランドスニーカーに対する消費者からの強い需要に後押しされ、多くの小売店が発注をしていたものの、世界情勢の影響を受けたサプライチェーンの問題により納期が予測できなくなり、結果的に輸送中の在庫が1.85倍にも膨れ上がり、直近の四半期の在庫が44%増の97億ドル(およそ1兆4000億円)に達してしまったことが株価に大きな影響を及ぼしました。
このように、さまざまな外的要因が余剰在庫を生み出し、メーカーが苦労している中で、販売率98%を維持しているSHEINのもつサプライチェーンの効率性やデータ活用の仕組みづくりは大きな差別化要因になっていると考察できます。
しかし、SHEINの米国進出に課題がないわけではありません。実は、SHEINは2022年6月にサンフランシスコにたった2日間だけポップアップストア(仮説店舗)をオープンしています。その時に、二次流通を促す再販プラットフォームthredUPが「循環経済のアンチテーゼ」であるSHEINのビジネスモデルに対して不買運動を呼びかけ、大きな話題となりました。
ブルームバーグも、2024年米国でのIPOを控えるSHEINに対して、「環境、社会、ガバナンスの問題が投資家にとってこれまで以上に重要になるにつれ、小売業者の使い捨てファッションの促進は、SHEIN社の継続的な成功に対する最大の脅威へと発展するかもしれない」と報じています。
環境問題への指摘は、SHEINを支持する米国の若い層でも大きな懸念を集めており、激安ではやりの商品を手に入れたいという欲求と比例するように、サステナブルな商品への需要も高まっています。
ウォールストリート・ジャーナルの記事によると、パンデミック時にSHEINから激安のファストファッションを購入し始めたあるファッションスクールの学生であるグランドさんは、中国から届いた服の個包装を見て、ゴミを捨てることに罪悪感を覚えたと言います。そこで彼女は、余った包装の一部を使ってトートバッグを縫い、TikTokに投稿。すぐに何百万ものビューとポジティブなコメントが付きました。グランドさんは最終的に、クラウドソーシングで集めたSHEINのビニール袋で、ランウェイコレクション全体を制作し注目されました。
環境問題への配慮はSHEIN以外のファストファッション企業も直面している問題です。同時に、透明性の高い労働力、エシカルなサプライチェーンマネジメントができているかどうかも今後問題になってくると考えられています。
近年悪化し続ける米中間の地政学リスクも課題に挙げられています。TikTokをはじめとした中国発テック企業の米国内における規制強化が議論される中、SHEINの米国での立場は安定的ではありません。
例えば、ブルームバーグによると、ファッションの世界では、中国の綿花の約85%を生産し、強制労働疑惑の代名詞となっている新疆ウイグル自治区がその起源であることも問題になっています。SHEINが使っている工場はこの地域にはないということですが、同社が使用するサプライヤーが膨大な数に上るため、把握は難しいと指摘しています。
著作権の問題も今後露呈する可能性があります。ウォールストリート・ジャーナルによると、同社が他人のデザインで利益を得ていると主張する訴訟の数が近年増えているといいます。
公的な記録によると、SHEIN社または香港にある親会社のZoetop Businessは、過去3年間に米国で商標または著作権の侵害を主張する少なくとも50件の連邦訴訟の被告として名前が挙がっているとのことで、著作権侵害や商標侵害を訴える原告には、自宅スタジオで活動する個人から、ラルフローレン社やサングラスメーカーのオークリー社を含む大手小売業者まで含まれています。
SHEINは3000社以上のサプライヤーネットワークを持つことが強みでもありますが、このことで逆に各サプライヤーに細かいチェックが行き届かない可能性もあり、広範囲のサプライヤーネットワークを持ちサードパーティーに洋服のデザインを任せるビジネスモデルのリスクが露呈しているとも言えます。
このように、SHEINの急成長の裏にはサプライヤーネットワークの拡充とそれに伴うデータの活用があることが分かっています。リアルタイムで消費者の需要を把握し、生産計画を柔軟に変え、サイト上の商品の掲載を変更するダイナミックさは、ECサイトならではの強みであり、国際展開しやすく拡張性の高いビジネスモデルであると言えるでしょう。
同時に、近年のSDGsやESGの課題、著作権の問題や米中間の政治的問題などが複雑に関係してきており、米国でのIPOに向けたSHEINのガバナンス強化や透明性強化の取り組みに注目が集まります。
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2211/25/news037.html
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
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2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
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※石角友愛の著書一覧
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