住宅設備部材販売のベストパーツ株式会社(宮城県仙台市)との「FAX受注自動化プロジェクト」では、手書き文字を認識して機械学習するAIを開発し、ビジネスの現場で根強く残るFAXによる受発注業務の効率化を図りました。
書類のテキストを文字認識し、データ化する「OCR(光学文字認識)」はさまざまな企業がサービスを展開していますが、本プロジェクトでは手書き文字を含めたテキストに対し、高い精度での読み取りと機械学習を行い、さらに社内データと照合してより正確かつ効率的なデータ入力をサポートするAIモデルの開発に取り組みました。
1. 円密度が高いデータをデジタル化
円密度が高いデータ(=会社の売上または利益に高い影響を及ぼすデータ)をデジタル化することで、発注忘れを認識してクライアントに注文をリマインドするなど、新たな提案型ビジネスモデルへの拡張可能性をもたらす技術基盤となります。
2. AI-OCRで異なる書式・手書き文字も99.6%判別
独自のAIモデルが複雑かつ多岐に渡る形式や字体で書かれている情報を機械学習し、未知の書式や手書きの文字であっても自動判別可能になりました。
↑様々な書式のFAX
発注書データを開発したAI搭載のシステムにドラッグアンドドロップするだけで、注文番号や納期、備考欄、発注先等の赤枠で囲まれている情報を一瞬で読み取ることが可能
3. データを蓄積し、会社の資産に
円密度の高いデータを自社のデータレイクに蓄積してゆくことで、将来的に蓄積したデータを活用した新たな戦略の立案等、競合優位性向上に活用できる「資産としてのAI」にしていくことができます。
デジタル化が進んでいるとはいえ、業務特性からFAX利用を廃止できない企業は少なくありません。また得意先企業に対してオンライン注文への切り替えをお願いすることに気が引けるという声もよく聞かれます。とはいえ、人力でFAXの仕分けや入力を続けていては業務効率化は進みません。
当社では書類の中でどの部分に重要情報が記載されているかを判別するAIモデルを構築しています。本プロジェクトのような受発注書類のほか、サポートの問い合わせなどのFAXにも応用可能です。
今回のベストパーツ社との取り組みでは、実際に発注書処理を行う担当者の方から毎週フィードバックをいただき、それを反映して改善を繰り返した結果、処理速度3割以上減、累積読み取り数10万件、かつ、読み取りカバー率96%、精度86%という大きなマイルストーンを達成することができました。
1.効果的なコミュニケーション
新しいコミュニケーションツールを導入するのではなく、ベストパーツ社で日常的に使われていたチャットツールに弊社のエンジニアや担当者が入り込む形をとったことで、クライアントの日常の業務フローを変えることなく、コミュニケーションに自然に溶け込むことができました。また、メールではなくチャット形式であったため、バグやエラーを画像付きでアップロードしていただいたり、ささいな質問事項もタイムリーに共有していただくことが可能となりました。プロジェクトのチャットスペースには社長も入ることで、チーム全体への情報共有や意思決定もスムーズに行うことができました。
チャットによるタイムリーなコミュニケーションに加え、週に一度の定例MTGを設けてクライアントのニーズを吸い上げ、進捗確認やモニタリング・UX改善を行いました。また、度々現地へ訪問し、実際の現場を見たり、生の声を聞くという姿勢も大切にしました。オンラインで日常的にコミュニケーションを取っているとはいえ、やはり直接訪問することで見えてくる課題や現場のアイディアがあり、プロジェクトを進める上ではこうしたオフラインのコミュニケーションも非常に有意義に作用しました。
2.クライアントの作業工程を尊重
AI導入を行う上で当社が最も意識した点は、クライアントの業務工程を尊重するということです。FAXの読み取りおよび発注の業務工程は複雑かつ多岐にわたるため、まず現地を訪問・視察して実際のフローを確認しました。その上で、既存の業務工程に極力自然な形でAIを組み込むという点を意識してダッシュボードのUI・UX設計を行いました。この点も、AIの定着成功に良く作用した要因です。
3.ベストパーツ社の理解・協力
最も大切な成功要因は、何と言ってもベストパーツ社がプロジェクト正しく理解し、AIを使い続けてくれたことです。AIを導入する上で一番大変なのは「使い始め」のフェーズです。AI導入を始めたばかりのフェーズでは、従来の慣れた業務フローの方が早く効率的であり、学習が進んでいないことでAIの精度も低く、導入により手間が増してしまうという事態が避けられません。実際、このことで定着が進まず、プロジェクトが頓挫してしまうケースも少なくありません。しかし、ベストパーツ社は「学べば学ぶほど賢くなる」というAIの性質を正しく理解し、使い続けてくれました。そのことで、ある地点を超えた時期に飛躍的に精度が伸び、最終的には96%の抽出率と86%の正解率という驚異的な精度を誇る資産としてのAIを手に入れることができました。AI導入をお考えの場合、成功のためにはこうした地道な努力こそが最も大切なポイントであるということを是非心に留めていただきたいと思います。
アップロードされたPDF総数の累計グラフ。2023年3月末の時点で、累積読み取り数は10万件を突破した。
■ 取引先からの注文の9割をFAXで受けており、届いたFAXは担当者が仕分けて内容をシステムに入力。その後保有在庫と照らし合わせ、部材の準備やメーカーへの注文をするなど時間がかかり人的ミスも生まれやすい作業フローであったため、業務効率化が課題
■毎日数百枚届くFAXでの注文に対し、FAX1件の処理に10〜15分程度かかっていたため、発注書に関する業務だけでかなりの手間と時間がかかっていた
■手書き文字を認識し機械学習できるAIモデルの構築
複雑かつ多岐に渡る形式にて書かれており単なるOCRでは解決できない情報をFAXから読み取り機械学習していくAIモデルを開発。
■現場担当者への細やかなヒアリングをもとにしたUI改良
UXデザイナーが間に入り、具体的な現場の声を聞くことで見えていなかった難点を発見し、AI設計者に対してフィードバックを行うことでユーザーにとって使い勝手の良いデザインへと改良を重ねた。
■FAXのOCRにおける課題の整理
紙の文書のデータ化にはOCR機能が有効だが、ベストパーツ社のケースでは二つの大きな課題があった。
1. 得意先によって発注書のフォーマットが違うこと
2. 手書きのFAXもかなり多く、書かれている情報の内容も位置もばらばらであること
そのため単純に文字を認識するだけのOCRでは内容を正確に読み取れず、大きな省力化が図れない可能性があった。
■プロジェクト開始前のAI診断によるデータ解析
当社がベストパーツ社から提供されたデータを解析して行ったAI診断の結果、ベストパーツ社の得意先が利用している発注書は、大きくいくつかのフォーマットに分類できることが判明した。そこでその特徴を生かして、同社に合ったシステムの開発を進めることに決定した。
■フェーズ1:フォーマットと得意先名、重要情報の位置を紐付け
フェーズ1では発注書のクラスタリングに取り組んだ。具体的には、ベストパーツ社に届く発注書を分析し、発注書のフォーマットと得意先企業名が紐づくように設定した。たとえば、読み込ませたFAX画像に対し、AI搭載のシステムが「フォーマット001」と認識した場合、001を利用しているのは「A社」であるため、A社の発注書であるとクラスタリングする。フォーマットごとに得意先名や注文内容などの重要情報がどこに記載されているのかをAIを使い学習させたことで、素早く重要情報を読み取れるようにした。これにより、担当者が1枚1枚FAXを見ながら会社名や注文内容を確認する必要がなくなった。
■フェーズ2:社内データとのマッピングで、より正確に注文内容を入力
フェーズ2では発注書の内容の認識およびシステムへの入力を進める。具体的には、フェーズ1 で読み取り可能となった注文内容を同社のデータと照合し、製品名などがシステムに自動入力されるようにする。
課題となっていた手書き文字については、当社のエンジニアが文字認識プログラムのクセを考慮したAIを開発し、さらに読み取った文字を同社の商品データとマッピングすることで、より正確な入力を可能とする。たとえば手書きで書かれた商品名が「AB-O(オー)」に見えたとしても、その名称の製品は存在せず、一方で「AB-0(ゼロ)」の商品はあるとわかれば、商品は「AB-0(ゼロ)」であると判別できる。これによりエラーの発生が軽減される。
さらに、モデルをより便利に使ってもらえるように、ベストパーツ社の現場担当者の声を反映したカスタマイズも行う。
例えば、注文内容を表示する画面では、ベストパーツ社の在庫管理システムとの連携により、商品名の横に現在の在庫数が表示されるようにする。また伝票に番号を付与し、読み取った注文内容が社内データに合わせて自動で並び替えられるようにすることで、過去の注文内容の検索もしやすくなる。
現在、すでにベストパーツ社が受信する発注書のFAXの9割以上を、開発したAI搭載のシステムで処理しています。先日終了したフェーズ3では、96%の抽出率と86%の正解率という極めて高い数値が達成できました。これに加えて処理速度も向上し、作業時間は3割以上削減、FAXの累積処理数は10万件を突破するなど、大きなマイルストーンを達成することができました。
今後、蓄積された発注データの分析・活⽤により、需要予測ができるシステムを構築して適切な在庫管理につなげる施策や、得意先へのレコメンデーションによる販売促進、そして最終的には外販なども実現すべく、継続してプロジェクトを進めていきます。
パロアルトインサイトLLC CEO・石角友愛氏のコメント
「本プロジェクトは、成功するDX推進の条件が要所に散りばめられています。紙ベースで処理されている業務などを効率化するだけでなく、デジタル化された情報を活用して新たな価値を提供できる非常に上手く回っている事例です。
企業の意思決定を行う経営者自らが打ち合わせに出席して現実的な期待値を持つことで、プロジェクトのスピード感もよく、競合優位性となる資産としてのAIを保有することとなります。
長期的なビジョンとなぜDX推進をするのかという明確な理由を持って取り組むことでDXの実現は投資対効果を実感できるプロジェクトになります。」
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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