ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」をはじめ、さまざまな外食チェーンを展開し業界をけん引してきたロイヤルホールディングス代表取締役会長の菊地唯夫氏と石角友愛氏の対談の後編。前編では菊地氏がキャリア選択のうえで大事にしてきた「責任を果たす」という考え方や、増収増益を継続できるようになった背景を聞いた。後編では同社が新型コロナウイルス禍で直面した会社の体質の問題、DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用して進める未来の店づくりについて議論した。(対談は2022年10月25日)
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15年続いた負の経営サイクル 苦境のロイヤルHDが立ち直った軌跡
石角友愛氏(以下、石角) 新型コロナウイルス禍では飲食業界をはじめ、多くの企業がビジネスモデルの転換を迫られました。どんな影響がありましたか。
菊地唯夫氏(以下、菊地) 一言で言うと、ポートフォリオ経営のわなにはまりました。どんなビジネスでも好調と不調はあるので、さまざまな事業を展開することで、不調の波もグループ全体で吸収して増収増益を実現してきました。例えば、外食事業が不振でも、ホテル事業がそれ以上に伸びていれば、総合的には良いパフォーマンスが出せていると判断できます。この方法がうまくいっていたことから、ここに過信してしまっていたのです。
コロナ禍では好調だった事業も不調だった事業も、すべてがストップしました。どう考えてもピンチなのですが、社員の危機感は薄かった。過去の経験から「マイナスの事業があっても、ほかの事業がカバーしてくれるだろう」という、他人任せの甘えが生まれてしまっていたのです。ポートフォリオ経営の弊害でした。その結果、他社に比べてテークアウトやデリバリーへの対応が遅れてしまいました。
石角 外食産業はコロナ禍で来店客が急減していたにもかかわらず、社内に危機感が不足していた……。ポートフォリオ経営には、市場の変化が自社ビジネスにもたらすインパクトに鈍くなるというデメリットがあったのですね。
菊地 はい。コロナ禍では数十回にわたり従業員向けにオンライン説明会を開催したのですが、初回のタイトルは「不安感から危機感へ」でした。不安感は人の動きを止めますが、危機感は逆に人を動かします。社員に不安感ではなく、もっと危機感を持って活動していってほしかった。このタイトルに当時の思いが表れています。
石角 私たちのパロアルトインサイトは「長崎ちゃんぽん」でおなじみのリンガーハットと協力して、緊急事態などに対応したAI(人工知能)による需要予測モデルを開発しました。これは、緊急事態宣言のときに既存の需要予測モデルが全く通用しなくなり、当然ながら売り上げも落ち、社内で「今のままではいけない」という危機意識が高まったことがきっかけです。
社内で危機感が不足しているという状況の中、ロイヤルホールディングスではどんな対策を進めたのでしょうか。
菊地 厳しい状況には置かれましたが、それでも会社は存続させなければいけません。そこで当時の社長を中心に不採算店の閉鎖やコスト削減に取り組みました。それと同時に別の対策として、総合商社である双日との資本業務提携を進めました。それまで人の移動に合わせてビジネスを拡大してきたのですが、コロナ禍では人流がストップしてしまった。「人が動かないのであれば、モノを動かすしかない」と考えたのですが、私たちにはそのノウハウがない。そこでモノを動かすことを得意としている総合商社と協力するのが一番だと考え、2021年2月に双日と提携を結んだのです。
石角 米国では「Uber Eats(ウーバーイーツ)」や「DoorDash(ドアダッシュ)」といった大手フードデリバリープラットフォーマーが、マクドナルドやスターバックスなどブランド力のあるチェーン店と提携しようと必死になっています。やはり集客力がありますからね。その一方、小規模な飲食店はプラットフォーマーへ支払う手数料に苦しめられ、客も増えないという問題に直面しています。
ロイヤルホールディングスの「中期経営計画 2022~2024」の中で、店内の飲食を除く事業について、21年にテークアウト・デリバリーが58%を占めていた状態から、24年にはテークアウト・デリバリーを33%に減らし、インバウンド(訪日外国人による消費)を33%に変えていくという目標を掲げています。プラットフォーマーとの付き合い方を見直していこうとされていると感じています。
菊地 プラットフォーマーとの関係性については、まずは産業構造について少しご説明しておきたいと思います。日本の外食産業は25兆円という非常に大きな規模があります。普通、25兆円もあれば業界内に売上高1兆円以上の企業があってもおかしくありません。ところが外食業界では、大手企業でも6000億円程度です。では米国ではどうでしょうか。米国の外食産業には売上高1兆円以上の企業がありますが、ファストフードとコントラクト事業(法人を対象とした空間プロデュース事業)のみで、レストランチェーンで1兆円を超えるところがないのです。
石角 興味深いですね。日本だけでなく、米国においても外食産業の中でファストフードなどに比べてレストランチェーンの売上高は低いのですね。なぜなのでしょうか。
菊地 私はファストフードやコントラクトとレストランチェーンの違いは「サイエンス」と「アート」だと考えています。サイエンスはシステム性、アートは店としての魅力と考えてください。ファストフードやコントラクトはサイエンスが強く、規模拡大との親和性が高いという特徴があります。一方でレストランチェーンはアートが強く、再現性が乏しいため規模拡大とマッチしない。ですが外食の魅力の一つはアートから生まれる多様性にあり、必ずしもレストランチェーンがサイエンスを強化すればいいとは思いません。
石角 なるほど、ファストフードは規模拡大がしやすいため売上高も上がる。レストランチェーンはそれがしづらいけれど、アートという魅力があるということですね。
菊地 はい。そこでプラットフォーマーと組むことで、アートを維持しつつ、規模から生まれる生産性というレストランチェーンの弱点を補える可能性があると考えています。ただし、プラットフォーマーに依存すればブランド力を失ったり、プラットフォームのアルゴリズムに業績を左右されたりするリスクがあります。それを乗り越えるためには、プラットフォーマーからリスペクトされるようなコンテンツを作り出すことが必要です。他社が絶対にまねできず、アルゴリズムの変化に振り回されないコンテンツがあれば、プラットフォーマーの支配を受けることはない。今はそこの確立を目指しているところです。
石角 米国では今、外食産業に大きな変化の波が起きています。その起点となったのが、店舗に客を入れず、デリバリーのみに対応する「ゴーストキッチン」です。ライドシェアのUberの創業者が携わる「クラウドキッチンズ」などが有名です。一般的なレストランを開業するのに比べて資金を抑えることができるという強みがあり、人気YouTuberがハンバーガーショップをオープンするなどトレンドになっています。
菊地会長のお話を聞いていて、こういった変化の中では、プラットフォーマーが組みたいと思うようなブランド力や料理の高いクオリティーを持つことがより一層重要になってくるのだと感じました。それを確立するために、具体的にどういった対応をされたのですか。
菊地 まず中期経営計画で事業ごとのミッションを策定しました。「ブランド」「成長」「開発」「収益」はどんな企業においても必要です。各事業がそれぞれ4要素をすべて保有するように努めるのではなく、どれか1つの要素を強めることに注力してもらいました。例えば、ロイヤルホストはアートを高めたいため、店舗数を減らし、残った店に資金を集中させて「ブランド」の強化とその発信に力を入れました。これに対し「天丼てんや」とコントラクト事業はサイエンスの側面が強く、規模の拡大に非常に親和性があるため、そこを生かして「成長」に尽くしてもらいました。
今後はDXによりサイエンスの再現性を一層高めると共に、深刻化する人手不足に備えて、人材が集まりやすくなるようアートの魅力を社会に発信していくベースづくりを進めるつもりです。
石角 ビジネスを完全にデジタル化してしまうのではなく、DXをサイエンスとアートを高めるための支援ツールとして活用されていくということですね。
菊地 私はDXとは「成熟社会におけるトレードオフ(相反)を解消させるツール」だと思っています。成熟社会においては「人によるおもてなし or 機械」「利益 or 顧客満足」など、さまざまなトレードオフが生じます。デジタルを活用することで、こういったトレードオフが起こらないようにしていくことができるし、それこそがDXの本質だと考えています。
石角 同意見ですね。DXによって共存・協業を図り、より良い体験価値をつくっていくことに力を注ぐべきで、「人か、AIか」といったバイナリーな議論はそろそろ終わりにしてほしいですね。
菊地 石角さんにそう言っていただくと、心強いです。現代は「第4次産業革命」といわれています。第1~3次においては、主に製造業で機械を活用して少ない人数で早く効率的に生産していくこと、つまり人を機械で代替するという「代替性」がフォーカスされていました。第4次はそれまでとは大きく異なり、「補完性」がテーマとなっています。例えば、AI予測を活用して働きやすくするといったことです。AIが人を補完し、人と共存していくという社会はとても合理的であり、私もそうあるべきだと思いますね。
石角 DXについてもう少し深掘りさせてください。17年、東京・馬喰町に「GATHERING TABLE PANTRY」(現在は閉店)という完全キャッシュレスのレストランをオープンされました。当時はまだキャッシュレス決済はあまり浸透していなかったこともあって、かなり注目が集まっていましたね。この店にはどういった目的があったのでしょうか。
菊地 これから日本の労働人口が減少していくのに伴い、従業員は人が手をかけるべき業務に集中し、それ以外の部分はテクノロジーに任せるという流れが加速していくと思っていました。そこで実際にそれを実現したお店をつくってみようという話になり、研究開発店として開業したのです。事業会社が運営すると予算の制約を受けてしまうため、持ち株会社に任せたところ、「現金お断り」「料理はセントラルキッチンで作り冷凍したものを再調理して提供する」という、当時としては非常にイノベーティブな店が誕生しました。
石角 なるほど、最初から研究開発店という位置づけだったのですね。だからこそデジタルを使った面白い取り組みもできたと。
菊地 そうなんです。研究開発店を出したことでキャッシュレス決済などについていろいろ分かったほか、家庭向けの冷凍ミール「ロイヤルデリ」の誕生など、大きな成果につながりました。一方で課題も見えてきたのです。研究開発をした店では、どんな店でも使える「汎用性のある飲食店のOS(基本ソフト)」を開発するという目標もありました。ところが自由な発想で新しい取り組みができたのは、持ち株会社が運営していたからという側面が大きかった。そのため運営会社のロイヤルフードサービスが展開する既存店では同じようにはいかず、波及効果が生まれなかったのです。
そこで22年からは、より既存店に近い場所で実験を始めることにしました。10年後のお店を想像して、そこからバックキャスティングしたお店づくりをしようと検討を進めています。
石角 10年後の店でどんなサービスが使われているのかを考え、それを現在の店に落とし込んでいくというのはとてもワクワクしますね。今主流のDXは、現在抱えている課題を解決するためにどうデジタルを活用していくかという視点で考えられています。そんな中、未来から考えるDXというのは新しいやり方だと感じます。
菊地 先例がないため、検討に時間がかかってしまい、なかなか実行に移せないというのが悩みの種です(笑)。ただこれも必要なプロセスだと思っています。
石角 中期経営計画ではDXの取り組みとして、ほかに共通認証ID「ROYAL Pass(仮称)」の実現を掲げられていますね。
菊地 現在ロイヤルグループ全体で、ざっくりとした数字ですが1億人以上のお客様にご利用いただいています。ところがお客様の情報は事業ごとに保有していたため、情報を結びつけてグループとして活用するということができていませんでした。そこでグループの共通認証IDのようなものをつくり、お客様に合った価値を提供できるようにしようと動き始めています。会社の業績や業界が上向いていくと、現状に満足してしまい、変化がしにくくなります。コロナ禍を経た今こそ、変われるチャンスなのかもしれません。
石角 では最後に、外食産業でDXに取り組んでいきたいと考えている企業に向けて、アドバイスをお願いします。
菊地 私が大事にしていることは2つ。「覚悟を持つこと」と「オープンであること」です。DXを進めるのは簡単ではなく、相当な覚悟を持って取り組む必要があります。そのため、プロジェクトのオーナーは私です。会長が主導するケースは珍しいとは思いますが、このことで、会社として全力で推し進めるのだという「覚悟」が社員にも伝わっているはずです。
また2点目の「オープンであること」に関しては、会議を公開するという取り組みを行っています。例えば、最近では定期的に「10年後を考える会」という会を主催しているのですが、その中で「DXプロジェクトの進捗はどうなっているのですか」というプレッシャーを受けることも度々あります。すると、こちらとしても気が引き締まり、良い刺激になります。
こうした会議は社内ポータルで公開され、社員からの質問をチャットで受け付けたり、アンケートを取ったりすることもあります。このように、議論をオープンにすることで社内の機運が高まり、トップがDXに取り組む覚悟もより強くなると考えています。プロジェクトを率いる以上、もちろん日々の勉強も欠かせません。部署だけつくって丸投げしたり、社員からの質問に自分で回答できなかったりする経営層には誰もついてきてくれない。トップが自らリーダーシップを発揮することができるかどうかが、今の日本企業のDXに問われていることなのではないでしょうか。
石角 会長をはじめ経営層が質問にしっかり答えてくれたとなれば、社員の皆さんもより気合が入りそうですね。トップが旗を振って進めるDXの今後を楽しみにしています。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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