ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。人工知能(AI)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏が、トップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。今回は伊勢神宮の参道で食堂や土産物店を展開するゑびや(三重県伊勢市)代表で、食堂向けのITソリューションを提供するEBILAB(エビラボ、三重県伊勢市)社長の小田島春樹氏を迎え、ゑびやの再建や地方における人材育成について議論した。(対談は2022年12月23日)
石角友愛氏(以下、石角) 小田島代表は肉体美を競う「フィジーク」の大会に出場されたそうですね。私も最近筋トレにはまっているのですが、筋トレは奥が深い。しかもデータが大事なんですよね。
小田島春樹氏(以下、小田島) 筋トレは完全にデータの世界ですね。釣りやサバイバルゲームも好きなのですが、どれもデータや戦略、戦術がキーになります。たとえば釣りは天候や潮の流れのデータを見て針を落とす位置を考えますし、サバイバルゲームは戦術が命です。
石角 仕事だけでなく、趣味でもデータをフル活用されているのですね。現在、事業として三重県伊勢市を拠点にデータ分析を根幹としたソリューションを提供されていますが、まずは小田島さんが伊勢市で働くようになった経緯を教えてください。
小田島 学生時代から個人で商品を仕入れて販売するビジネスをしていました。お金を稼ぐことが好きだったんですよね。そこで将来は自分で何かしらの事業を立ち上げたいと思い、大学卒業後は大手通信会社に就職して商売を学びました。独立も考えたのですが、2012年に妻の実家であり食堂などを営む「ゑびや」に転職しました。
石角 伊勢神宮の参道に店を構える、100年以上の歴史ある老舗食堂だそうですね。奥様の実家とはいえ、なぜ東京でビジネスを始めるのではなく、ゑびやで働くことにしたのですか。
小田島 当時、店はかなり衰退していて、廃業も視野に入れていました。そこで建物をテナント化して家賃収入が得られるようにし、自分は海外移住するつもりでした。要するに“撤退戦”をしにいったんです。飲食業界を盛り上げたいとか、地方を元気にしたいといった思いは当時ありませんでしたね。
石角 そうだったのですね。会社を引き継ぎ再建するつもりで入社されたのだと思っていました。
小田島 ところがテナント化がうまくいきませんでした。そこで組織改革をしながら、商品開発やブランディングを進めて事業の多角化に取り組み始めました。いろいろやっていく過程で常にデータを取り、検証していたのですが、あるとき蓄積されたデータを生かして何かビジネスができないかと考えたのです。そこで開発したのが来客予測AIです。
石角 今でこそデータの重要性は広く認識されていますが、そのころはまだデータ分析はあまり行われていなかったと思います。なぜそこに着目したのですか。
小田島 昔からデータを集めて分析するのが好きだったのです。最近になってDXという言葉が頻繁に使われていますが、私にとってはデータの収集、分析、実行は当たり前のこと。いわば “ライフワーク” なんです。
石角 なるほど、趣味がどれもデータに関連するものであるのも納得です。
小田島 ゑびやでは役に立ちそうにないものも含めてあらゆるデータを収集し、そのうち約400項目のデータと来店客数との相関関係を調べたところ、アルゴリズムのようなものが見えてきました。それを使って来客予測AIを開発、ゑびやで導入し業務改善につなげていきました。
石角 開発のためにどうやってエンジニアを採用されたのですか。
小田島 エンジニアの採用を外からせずに、私と当時店長として入社していた堤(堤庸輔氏)で開発しました。堤は現CIO(最高情報責任者)です。彼はITのバックグラウンドはなかったのですが、興味はあったんです。
石角 ゑびやの店長として勤務されていた方が、知識ゼロからシステムを開発するとなると、かなり勉強されたのではないでしょうか。
小田島 朝から晩までシステム関連の本を読んだり動画を見たりしましたね。でも今エンジニアをされている方もみなさん、最初からできたわけではなく、勉強して後天的に知識や技術を身につけていますよね? それと同じことです。ただその間、ほかの業務は一切やりませんでしたね。学ぶことを業務にしたのです。
石角 よく企業から「DX人材が足りない」という嘆きを聞きます。ただ人材は取り合いになっていて採用は簡単にはいかない。そこで社内のシステムエンジニアをDX人材に変えようしている企業も多いんです。今のお話を聞いて、本人のやる気と興味さえあれば、非エンジニアでも学び直しによってDX人材として育成していくことは可能なのだと思いました。
小田島 筋トレと同じで、できないと思うからできないのだと思います。日本人はチャレンジが苦手で、「やってみる」というところで足踏みしてしまう方は多い。当社の場合、補助金の申請なども含め、細かなことも外部に任せず、すべて自分たちで行います。従業員はみんな「やったことがないことでも、まずはチャレンジしてみる」という思考のもとに判断し行動しています。
石角 チャレンジが当たり前になっているのですね。Googleの初の女性エンジニアを務めたマリッサ・メイヤー氏も、キャリア相談に対して「自分にはまだ準備ができていないと思うことに取り組むことで、成長できる」といったアドバイスをしています。人は経験したことがあることばかりやっていても、なかなか成長しない。自分には無理だと思ったことに取り組み、やり遂げていく過程で大きく伸びるのですよね。
小田島 私もそう思います。そのために大事なのは本人のやりきる胆力、そしてそれに集中して取り組める時間を捻出することです。当社の場合、従業員それぞれのモチベーションはチャットツールのSlack(スラック)の発言回数などから随時チェックしています。そのようなデータから、どの従業員に学ぶ機会を与えればよいかなどを常に考えています。興味関心がないことを無理強いすることはありません。
また、学ぶことが業務になった従業員には、担当していたポジションを離れて勉強に専念してもらいます。その間、代替の人材を採用します。人材投資に関しては、どういった事業をつくっていきたいかに合わせて期間や金額を考え、計画的に進めています。
石角 業務として勉強をする社員には、資格取得など何か課題を設定するのですか?
小田島 いえ、そういったことは課していませんね。シンプルに学んだことを実務に生かせればそれでいいと思っています。日本人はよく学歴や資格にこだわりますが、資格を持っていても活用できていないケースも多い。だから実用性を重視しています。
石角 多くの経営者は社員のリスキルが大事だと分かっていても、担当業務から離れて勉強に集中してもらうという決断ができません。だから通常業務と勉強の時間配分で悩んでしまいがちです。御社はとても思い切ったことをされているのですね。
小田島 決断ができないのは、経営者自身が何を成し遂げたいのかという明確なゴールが設定できていないからではないでしょうか。「ほかの企業もやっているから、うちでも取り入れよう」といった動機は、いわば目的なきゴールです。まず自社なりのゴールを定めて、そこにたどり着くためには、どういう事業を創出し、どの程度の収益をあげる必要があるのか。そのためにどんな人材が必要なのかを考える。人材を外部から採用するか、社内で育成するかは選択肢にすぎないと思います。
石角 DX人材育成についてアドバイスをしていると、よく企業から「どういった教材を使えばいいですか」と質問されるのですが、そもそも「何のためにDX人材が必要なのか」という前提が抜けていることが多い。その企業が目指すサクセスによって、必要な人材像は変わります。それなしにメソドロジー(方法論)のことばかり考えても意味がありません。目的を定めることは、人材育成の第一歩ですね。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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