ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。AI(人工知能)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。今回はビジネス映像メディア「PIVOT(ピボット)」を運営するPIVOT(東京・渋谷)代表取締役の佐々木紀彦氏を迎え、創業にかけた思いやビジョン、近年のネット広告市場の動向について議論した。(対談は2023年3月1日)
石角友愛氏(以下、石角) 佐々木さんはソーシャル経済メディア「NewsPicks(ニューズピックス)」の創刊編集長としてメディアを急成長させたことで知られています。一つの分野で成功された方は、その分野でコンサルティングビジネスなどを始めることが多い印象があるのですが、なぜPIVOTを設立したのですか。
佐々木紀彦氏(以下、佐々木) 起業に至ったきっかけは、NewsPicksを生み出したユーザベースの創業者である梅田優祐氏からのアドバイスです。それまで起業を考えたことはなかったのですが、会社の今後の方針などについて意見を交わしていたときに、「佐々木さんは、起業したほうがいいのでは」と提案をされたんです。
石角 気持ちをくんだうえで、前向きな提案として起業を勧められたのですね。
佐々木 そうです。あとはこれまで「東洋経済オンライン」「NewsPicks」などの取材で、起業家と接する機会が多かったことも影響していますね。毎日のようにさまざまな起業家から話を聞いてきたことで、いつの間にか自分で会社を興すことを身近に感じるようになっていました。
石角 周囲に起業家が多い人ほど、自らも起業家を目指す傾向があるというのはよく聞きますね。
そもそも日本人は、起業のハードルを高く考えすぎなのかもしれません。勤め人として40年働き、定年退職するという働き方は、今や通用しなくなってきています。働き方の選択肢の1つとして「起業」がもっと当たり前になるとよいですよね。
佐々木 起業家って、全員が全員すごい人というわけではないんですよね。誰しも、経験を積んでいくことで成長していきます。
例えば、同じポテンシャルを持った人でも、大企業で日々上司の指示通りに仕事をしている人と、起業して壁にぶつかりながらも前に進んでいる人とでは、20年後には圧倒的な差が生じると思います。
石角 当事者意識を持てるかどうかが、そういった差につながりますよね。大企業で働いていると、どうしても自分のしている仕事がビジネスにどう影響しているのか見えにくい。起業をすると嫌でもすべてを自分で見なければいけなくなりますから。
石角 起業が身近だったとはいえ、どうして資金調達をしてIPO(新規株式公開)を目指すという、“ザ・スタートアップ”の道を選んだのですか。
佐々木 最大の理由は「社会インパクト」です。恐らく数人の仲間とビジネスを立ち上げた場合、年商数億円であれば達成しようと思えばできたと思います。ただ、心が引かれなかったんです。
ある程度の資金を調達すれば、良いメンバーを集められるし、コンテンツにもお金をかけられる。そして、より大きなマーケットに挑むことができます。起業という道を選ぶなら心が引かれるチャレンジをしたいと思い選択しました。
石角 なるほど、資金調達をしたほうが社会に与えられるインパクトは大きくなりますね。
ただ、あくまで米国の市場を前提にした話ですが、メディアは成熟した業界で、ビジネスモデルが基本的に広告やサブスクリプションに限られていて、イノベーションが生まれにくいというイメージがあります。そのためベンチャーキャピタルの投資先にはなりにくいと感じます。どのように投資家を納得させて資金を集めたのですか。
佐々木 NewsPicksなどでの私の仕事ぶりへの評価、当社が掲げるビジョンへの共感が影響したと考えています。
今、日本でも海外でもメディア企業は苦戦しています。一方でコンテンツ企業は繁栄している。特に自社でIP(知的財産)を持っている企業は強く、日本では講談社や集英社が利益を伸ばしていますし、VTuber(バーチャルユーチューバー)ビジネスも盛り上がっています。韓国では大手芸能事務所の「HYBE(ハイブ)」「JYPエンターテインメント」が好調です。
私たちはPIVOTを旧来の「メディア企業」ではなく、こういった新時代の「コンテンツ企業」と位置づけているのです。
石角 言葉が違うだけでまったく印象が異なりますね。コンテンツ企業と聞くと、発展性を感じます。
石角 さまざまなビジネスコンテンツを制作・配信されていますが、どのように日本をピボット(方向転換)していきたいとお考えですか。
佐々木 一言で言うと「コンテンツを通じて、もっと日本の経済や人が動きやすくなるようにしたい」と考えています。
具体的には「個人」「企業」「社会」の3つの軸を設定していて、1つ目の「個人」については、もっと人材の流動性を高めたいと思っています。現在、日本では転職する人が少ない。ということは、人材のミスマッチが起きている可能性が高い。またずっと同じ職場で働いていると刺激を受ける機会が減り、勉強への意欲も低下しやすくなります。もっと自由に転職できるようになれば、自分にマッチした仕事に出合えるチャンスが増えるはずです。
そこでPIVOTでは、転職などキャリア系のコンテンツ配信に力を入れているんです。
石角 ちょうど広報の仕事をしている友人が、PIVOTの広報・PRの動画を見て勉強していると言っていました。
佐々木 それはうれしいですね。業界の最先端にいる方から学ぶコンテンツを提供することで、ユーザーは自分の専門性を高めることができ、転職がしやすくなると考えています。
石角 人材の流動性が高まれば、企業が活性化し、イノベーションにもつながりますね。
佐々木 はい。日本のビジネスパーソンに最先端の知恵と勇気を与えられるようなコンテンツを作っていきたいと思っています。
佐々木 2つ目の「企業」の軸では、スタートアップから大企業まで、DXを含む新しい動きを支援していきます。例えば、スタートアップにおける最先端の動きや挑戦する大企業経営者の話などのモデルケースを伝え、視聴した企業の変革を促します。
石角 それが「PIVOT LEARNING(ピボットラーニング)」や「9 questions(ナインクエスチョンズ)」ですね。取り上げる企業はPIVOTさんで選定されているのですか。
佐々木 当社で選んで独自コンテンツとしてやることもあれば、スポンサードコンテンツとして作ることもありますね。
3つ目の「社会」の軸は、政策に関連するコンテンツの配信です。人材の流動性を高めるためには職業教育や失業保険の拡充、仕事と子育ての両立支援などが大事です。単に解雇規制を緩和すればいいという話ではありません。政府が人の動きを支援するようになれば、もっと転職はしやすくなり起業も増えると思います。
そこで政治や経済のコンテンツを積極的に制作・配信しています。
石角 私もPIVOTで政治、経済系のコンテンツを何本か視聴しましたが、特に少子化の話などは勉強になりましたね。
佐々木 こういったコンテンツが、すぐに誰かのスキルアップにつながるわけではありません。ですが社会構造自体を見直していくためには、問題意識を高めるコンテンツもしっかり提供していくことが重要です。
石角 テレビで放映されている討論会は分かりにくく、どうしても視聴のハードルが高いですよね。でも少子化問題などは多くの人が関心を持っている。こういったテーマを扱った見やすく分かりやすい動画は、非常に価値があると思います。
佐々木さんは、ご自身の著書の中で、政治家になりたかったという話を書かれていましたが、政策への関心はそこから生まれているのですね。
佐々木 私は「国を良くするのは政治家である」という発想はすでに古く、起業家や経営者をはじめ、私たち一人ひとりが日本を変えられる存在であると思っています。
今、日本は高齢化が進んでいるといわれていますが、実は30代後半から40代の人口は結構多いんです。企業においても、政治においても、今後影響力を増していくであろうこの世代が、世論の中心になったときに、日本が良い方向に進んでいけるようにしたいと思っています。
石角 今度は広告ビジネスについてご意見を聞かせてください。
近年、米グーグルや米メタ(旧フェイスブック)は広告収入が悪化しています。反対に米アマゾン・ドット・コムは、22年10~12月期の広告売上高が前年同期比19%増を記録しました。アマゾンでは恐らく検索結果の半分ほどが広告商品なのですが、この結果から考えると、ユーザーは星の数やレビューなどでオーセンティシティー(真実性)が担保されているのであれば、広告商品であるかは、もはや気にしなくなっていると言えます。
米国では、オーセンティシティーと広告内容との親和性がネット広告に大きな影響を及ぼすといわれています。佐々木さんはこういった広告ビジネスの動向についてどのようにお考えですか。
佐々木 電通の調査によると、22年の日本の総広告費は1947年の推定開始以降、過去最高の7兆1000億円に達しました。特にネット広告の伸びが著しく、総広告費のうち4割以上がネット広告だったようです。
石角 日本にもいよいよデジタルの波が来ているのですね。
佐々木 はい。その流れの中で、広告ビジネスのDXにおいて一番の鍵となるのは、動画広告の成長だと思っています。地上波テレビの影響力はいまだに強く、一度に多くの人にリーチできるという点から考えても、テレビ広告はそう簡単には衰退しないでしょう。それに加えて、ピンポイントでユーザーにアプローチできるデジタル広告も拡大していくはずです。活字から動画へのシフトも進んでいくでしょう。
石角 動画広告というのは、例えばYouTubeの視聴途中に流れる広告ですね。
佐々木 そうです。サイバーエージェントの推計によると、22年に5600億円だった動画広告市場は25年には1兆円を超え、26年には1兆2400億円に達するとのことです。
石角 3年で2倍以上になるとすると、まさに動画広告が市場をけん引しそうですね。でもなぜこのタイミングで動画広告が急伸しているのでしょうか。
佐々木 活字より動画のほうが高い広告効果が期待できるという点と、日本では動画広告市場があまり開拓されてこなかった点が背景にあると思います。実際、オンデマンド動画配信サービスの「TVer(ティーバー)」や「FOD(フジテレビオンデマンド)」は利用者数を伸ばしています。
石角 一般的にテキストでも動画でも、広告は人々にとって邪魔なものです。短い動画の中で、視聴者の気持ちを「邪魔」から「買いたい」「見てみたい」へと変えるためには高い技術が必要です。動画広告はある意味、クリエイティビティーの結晶なんだと思います。日本では今そこにお金が流れ込んでいるのですね。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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