ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。AI(人工知能)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。今回はビジネス映像メディア「PIVOT」を運営するPIVOT(ピボット、東京・渋谷)代表取締役の佐々木紀彦氏との対談後編。AI時代において予想されるコンテンツの変化、「コンテンツビッグバン」などについて議論した。(対談は2023年3月1日)
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広告ビジネスにとって一番の成長の鍵は? PIVOT佐々木氏の洞察
石角友愛氏(以下、石角) 今、ChatGPT(チャットGPT)の登場などにより急速に生成AIの利用が広がっています。単純に指定されたテキストをつくるだけでなく、プログラミングコードの生成、テキストの編集、動画制作などができるサービスもリリースされ、活用場面が増えています。
私はAIの活用により、広告制作がもっと民主化されると思っています。これまでテレビCMをつくるためには、プロのクリエイターや広告代理店に依頼する必要がありました。ですがAIツールで誰でも手軽にCMをつくれるようになれば、広告を出すことへのハードルが下がり、動画広告市場も大きくなると考えています。予算が少ない中小企業でも、動画広告に挑戦しやすくなるのではないでしょうか。
佐々木紀彦氏(以下、佐々木) 生成AIを活用すれば、活字広告も動画広告も今よりつくりやすくなるとは思います。ただ同じAIでつくった同じような広告が大量に流れたとき、消費者はそれをどう思うでしょうか。時間は有限ですので、貴重な時間をそういった広告を見るのに使うかというと、やや疑問ですね。
石角 似たものがつくられる心配はありますね。広告については、そのうち動画の下のほうに「この動画はAIが作成しました」といった注意書きが表示されるようになるかもしれません。
動画広告以外では、AIの活用により今後どういったコンテンツの変化、淘汰が進むとお考えですか。
佐々木 まず速報系の記事コンテンツはAIに取って代わられる気がします。
石角 確かに、プレスリリースなどは大元の情報があれば、AIですぐに書けるでしょうね。
佐々木 まだ世の中に情報が出ていない、スクープ系のコンテンツは残ると思います。ただ今もそうですが、スクープというのは一度世に出ると、すぐに内容をまねされてしまいます。だからスクープが価値を持つのは一瞬でしょうね。
他にはAIが得意とする要約系の記事、文字起こしに近いインタビュー記事は代替されると思います。
石角 ChatGPTでは、今まで上流工程と考えられていた企画書や本の目次もつくれますし、執筆に手間がかかる採用系のテキストも書けてしまいます。当社でも試したのですが、抽象的な職業であっても、かなり詳細なジョブディスクリプション(職務記述書)をつくってくれました。人事系の仕事の一部は、今後必要なくなってしまうかもしれませんね。
佐々木 かなりの部分がAIに置き換えられてしまいそうですが、こうしたインタビューなど、インタラクティブなやりとりが必要になるものはAIでは難しいのではないでしょうか。
石角 そうですね、アバターとの対話の場合は代替性があると思いますが、対話から生まれるリアル感は、人間だけが出せる強みだと思います。というか、そう思いたいですね……。
佐々木 PIVOTでは「社長改造」シリーズなどドキュメンタリー系の動画コンテンツを制作・配信しているのですが、密着撮影が必要なドキュメンタリーもAIではできない気がします。
石角 密着撮影でその瞬間にしか生まれない化学反応のようなシーンは、AIではつくり出せないと思いますね。ただ構成が決まっている番組の場合は、進行台本もChatGPTで書けるようになるでしょう。あとは撮影後の編集作業は、AIで自動化されていくはずです。
佐々木 企画書や台本の作成、動画編集、おそらく配信もAIが担うとなると、いい素材を見つけてこられるかどうかが我々人間の腕の見せどころになりそうですね。
石角 VTuber(バーチャルユーチューバー)のようなデジタルな存在でなければ、リアルかつ高い価値のある素材は代替不可能ですからね。素材を生かすという意味では、撮影能力も必須なのではないでしょうか。
佐々木 カメラマンの腕や撮影に使う機材のクオリティーは映像の出来に影響しますが、現代はそれよりも、その場にいるかどうかのほうがより重要になってきています。例えば、米起業家のイーロン・マスク氏にインタビューできるのであれば、それだけでその映像には高い価値があります。カメラが最高級のものかiPhoneかは、二の次です。結局、「ネタが一番大事」ということですね。
石角 「いいネタ」というのは、どのように定義されていますか。
佐々木 「人」と「テーマ」が判断軸になると思います。YouTubeを見ていても、いいコンテンツは人にひもづいていると感じます。人自体のIP(知的財産)化に伴い、影響力のある人のパワーはより強くなり、そうでない人との格差は開いていくでしょう。
石角 SNS(交流サイト)が広がったことで、今や誰もがマイクロインフルエンサーになれる可能性があります。ただその中でもマネタイズできる人とそうでない人の二極化が進むのですね。
佐々木 ファンの人数が少なくても、濃い関係が築けているのであれば、そこに小さな経済圏ができてマネタイズは可能です。一方で巨大IPとなって大きく稼いでいく人も出てくる。そういう構造でさらに二極化してくのではないでしょうか。
石角 米国では近年、著名人らが不適切な発言や行動をした際に社会からボイコットされる「キャンセルカルチャー」がかなり強くなってきています。VTuberの人気の高まりは、キャンセルカルチャーへの対抗策ではないかと感じています。
佐々木 日本でもキャンセルカルチャーは広がってきているものの、メディアによっては復帰できる芽は残されている気がします。米国ではもっと厳しいのですか。
石角 そうですね。特に人種差別や性被害などで問題になった場合、復帰は絶望的です。先ほど代替できない存在であることが大事だという話がありましたが、それは一度キャンセルされると戻れないという観点ではリスクでもあります。今後メタバースがより広がっていくと、こういった傾向も変わってくるのでしょうね。
PIVOTさんではメタバースについてはどういった戦略をお持ちですか。
佐々木 今のところ特に対応する予定はありません。というのも、さまざまなメディアのジャンルの中でも、ビジネス系は一番変化が遅い傾向があるんです。ビジネス系ジャンルはそもそも保守的なうえに、上の世代の方々が業界内でパワーを持っているため、なかなか変わりません。DXが遅れていることも、そこに起因していると思います。
石角 御社はそういった既存のメディアに対して、どのような変化を起こしていきたいと考えていますか。
佐々木 日本のメディア業界では新聞社、テレビのキー局、ローカル局で構成された複数のグループが業界を寡占するという構造が長く続いてきました。こういったいわゆるクロスオーナーシップは、言論の多様性を奪うこともあり、多くの先進国で禁止されています。ただ日本ではそれが認められてきたために、新規参入がなく、競争もほとんどありませんでした。
ですがYouTube(ユーチューブ)やNetflix(ネットフリックス)、TikTok(ティックトック)などの黒船が登場したことにより、その状況が変わりつつあります。私は今後5~10年で「コンテンツビッグバン」が到来し、業界は大きく変化すると予想しています。PIVOTはその中心プレーヤーになりたいと思っています。
石角 コンテンツビッグバンが起きれば、日本のビジネスにも変化が起きそうですね。
佐々木 そうですね。メディアの構造が変わらなければ、日本が変わることはありません。人は頭の中にある情報や知恵をベースに行動しているため、メディアから受け取る情報自体が変われば、行動が変わり、ビジネスも変わるでしょう。
そのために今一番社会へのリーチ力が強いYouTubeを活用して、最先端のビジネス情報の提供に取り組んでいるのです。
石角 少し気になっていることがあるんです。TikTokなどが登場したことにより、YouTubeはユーザー数が減り、YouTuber(ユーチューバー)も前より稼げなくなったといわれています。一方で人気YouTuberは再生回数をどんどん伸ばしています。
PIVOTはYouTubeを主なコンテンツの配信媒体としていますが、なぜ今YouTubeなのですか。
佐々木 日本においてYouTubeは、今後も長期間にわたりコンテンツ産業の中心的存在であり続けると考えています。TikTokのようなショート動画はエンタメ系には合っていますが、ビジネス系には短すぎる。また米中対立の中で、TikTokの立場が弱くなったり、使用が禁止されたりする可能性もあります。
それを考慮すると、YouTubeに代わるものはまだなく、YouTubeを制するものが日本のコンテンツを制するという状況は当分続くと思います。
石角 なるほど、とても現実的な意見ですね。米国でもYouTubeに対する色々な意見はありますが、確かにビジネス系のコンテンツはYouTubeとの親和性が高いですね。
佐々木 YouTubeの業績が落ちているのは、ショート動画を強化したことで単価が低下したことや世界的な景気後退が原因です。ただ日本においては、コンテンツの浄化を進めていることも影響しているのではないかと思います。はっきりとは分かりませんが、最近YouTubeは過激で再生回数が稼げそうなものよりも、プロが関わる、より信頼性の高いコンテンツを優遇するようになってきていると感じます。そうすることで、大企業も広告を出しやすくなり、広告収入アップにつながりますからね。
今後よりルールを厳しくして、安心できる媒体に変わっていくのではないでしょうか。
石角 では最後に、今後デジタルを活用してコンテンツ制作をしていきたいと考えている企業に向けてアドバイスをお願いいたします。
佐々木 メディア業界のDXはかなり進んでいて、今後は動画や音声がより注目されていくと思っています。顔出しもしなくてよく取り組みやすいので、メタバースなどに行く前に、まずはより身近な動画や音声に挑戦してみるといいのではないでしょうか。
石角 私もやっていますが、音声配信は楽しいですし、挑戦のハードルも低いですね。誰もがコンテンツをつくれる時代だからこそ、まずは一歩踏み出すことが大事ですね。実りの多い時間となりました。本日はありがとうございました。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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