ネットやモバイルと同等、あるいはそれ以上の革新をもたらす技術として生成AI(人工知能)が広がりつつある。急激な変化の時代が続く中、トップ経営者や専門家は何を目指していくのか。AIビジネスデザイナーの石角友愛氏が、具体的かつグローバルな議論を展開する。今回はサンリオエンターテイメント(東京都多摩市)社長の小巻亜矢氏を迎え、専業主婦から仕事に復帰した経緯、ピューロランドの立て直し、女性のキャリアや横串の組織づくりについて議論した。(対談は2023年3月14日)
石角友愛氏(以下、石角) 小巻さんは新卒でサンリオに入社し、結婚を機に退職。専業主婦になった後、30代後半で職場に戻ったそうですね。小巻さんの著書を読んだのですが、バイタリティーにあふれていて驚きました。まずはご自身のことをお伺いしたいのですが、仕事復帰の経緯を教えてください。
小巻亜矢氏(以下、小巻) 専業主婦をやめて仕事に戻った一番の理由は、自分の存在意義を感じたかったからです。子育ては立派な仕事ではあるのですが、会社員時代と比べて社会との関わりが薄くなったと感じていました。ニュースを見ても新聞を読んでも、取り上げられているのは自分とは関わりのないことばかり。そうやって社会に置いていかれる感覚が耐えられなかったんです。
石角 社会とのつながりを感じられず孤立する感覚は、出産や育児で仕事を離れる女性の多くが経験していると思います。ただ、その頃はまだ「寿退社」「専業主婦」が当たり前の時代で、復職には勇気が必要だったのではないでしょうか。
小巻 当時プライベートでもさまざまなことがあって、自分が生きている意味を見失っていました。だから仕事をすることで、誰かの役に立っていると感じたかったんだと思います。復帰した後から40代ぐらいまでは、「このままで終わりたくない」とがむしゃらに働いていましたね。
石角 とてもストイックですね。だから社長になった今も学びを続けていらっしゃるのですね。
小巻 ええ。こういう思考になってしまうのは、自己肯定感が低いからだとずっと思っていました。でもあるとき気づいたんです。私は自分のことを「駄目な人間だ」と考えているのではなく、「もっとできるはずだ」と期待しているんだって。
石角 なるほど、自分への期待値が高いから、できていない部分が気になってしまうのですね。その気づきは大きかったのではないでしょうか。
小巻 ずっともう一人の自分から厳しい言葉をかけられているような感覚があって苦しかったのですが、ようやく自分を理解できました。
石角 小巻さんは執筆した書籍の中でも、自己理解と対話の重要性について説いていらっしゃいましたね。私も大学で心理学を専攻していたのですが、今AIに携わっていて、より使いやすいAIを開発するためには、開発者が使う人のことを深く理解する必要があると感じています。DX(デジタルトランスフォーメーション)においても同様で、スムーズに進めるためには相手を知ることが大事です。
小巻さんがご自身の経験から勧めている自分理解、他者理解はAIやDX推進にもつながる点が多いと思いました。
石角 職場復帰後、2016年にサンリオピューロランドの館長に就任されました。ただ、もともとピューロランドでの勤務経験はなかったそうですね。
小巻 はい。当時、社内で起業して女性支援の小さな会社を経営していました。直接ピューロランドには関わっていなかったのですが、業績が芳しくないという話は耳にしていました。
私の中ではピューロランドはオープン当初のお客であふれた、きらきらした世界のイメージが強かったんです。子どもたちとも何度も遊びに行った思い出の場所でもあります。それが衰退し、先行きに暗雲が漂っていると知り、もういてもたってもいられなかった。まずは自分の目で現状を確かめてみようと思い、3回ほど足を運びました。
石角 個人的な思い入れも強かったのですね。実際に現場を見て、何か気づいたことはありましたか。
小巻 お金をかけなくても、工夫すれば良くなりそうなことがたくさんありました。そのまま黙っていてもよかったのですが、気づいているのに伝えずにいるのが嫌だった。そこで社長に手紙を書いて伝えることにしたんです。
石角 社長に手紙を出して直談判したんですか? すごい行動力ですね。
小巻 手紙というより、感想文でしたね。ピューロランドについて厳しいことを言う方はいたのですが、ピューロランドのファンである私からすれば「伸びしろだらけ」だった。それを伝えたかっただけで「私に改革させてください」というつもりはまったくありませんでしたね。
石角 「改善点」ではなく「伸びしろ」と考えるだけで、すごく前向きになれます。その手紙がきっかけで社長から声をかけられたのですね。
小巻 手紙を書いた後、経営陣が集まる会議に呼ばれました。出席者には私が書いた手紙のコピーが配られていて、みんな苦笑いして読んでいましたね。もうとにかく早く、その場から逃げ出したかった……。でも社長は手紙をばかにせず、出席者に内容を紹介してくれたんです。
会議のすぐ後に社長から「ピューロランドに関わりませんか」と提案がありました。本当にびっくりしました。
石角 きっと社長はうれしかったんだと思います。ピューロランドの未来を悲観する声もある中、自ら現状を確認して、「伸びしろ」を具体的に伝えてくれる社員がいた。だから事業の立て直しを誰に任せるか考えたとき、可能性を心から信じてくれた小巻さんを選んだのだと思います。社長からのオファーはすぐに受けたのですか。
小巻 女性支援の会社をやっていたこともあり、少し考える時間をいただきました。ですが中に入ってみなければ分からないことがあると思い、まずは顧問として関わることになりました。
石角 大きな決断だったと思います。一般的に女性の場合、昇進などキャリアで大事な選択を迫られたとき、「子育てと両立できなくなるかもしれない」などと心配し、やらない方を選択しがちです。
それを選んだのは女性自身だという方もいますが、米国では企業がそういった女性の不安を払拭する環境を整えていないことに問題あるのではないか、という議論があります。小巻さんがそこで「挑戦」の方を選んだことに、勇気づけられた女性もいると思います。
小巻 その決断には、ある水泳選手の言葉が影響しているんです。その方はオリンピックの出場経験があるのですが、現役を引退するか悩んだとき、「迷うということは現役生活に未練があるということだ。だから迷ううちはやめない」と決めたそうです。
社長から提案があったとき、私はその場で「無理です」とは言いませんでした。ということは私の中に「やってみたい」という気持ちがあるということ。だからお受けすることにしたんです。あのとき断っていたら、衰退していくピューロランドを横目に見ながら後悔していたと思います。
石角 よく「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい」と言いますが、私もこれまで挑戦して後悔したことはほとんどありません。だから小巻さんの考え方にすごく共感しました。
石角 顧問としてピューロランドに関わるようになって、どのような改革を進めていったのですか。
小巻 内側を見て最初に気づいたのは、部署間の連携が取れていないという問題でした。当時のピューロランドでは、みんな自分の仕事は一生懸命やるものの、他部署のこととなると問題を発見しても「指摘すると相手の仕事を増やしてしまうかもしれない」などと、遠慮して伝えていなかったのです。
その結果、部署間のコミュニケーションが不足して足並みがそろわず、コンテンツのトーン&マナー(デザインの方向性)や文字のフォントがばらばらといった事態が起きていました。
石角 スタッフの仲が悪かったのではなく、気を使いすぎてしまっていたのですね。
小巻 それを改善するためには横串の連携が必要です。そこで部署をまたいだ「コンセプト会議」を立ち上げました。ピューロランドでは企画やイベントの1年ぐらい前から各種準備を始めます。
それまでは各部署がコンセプトやプロモーションの方法、グッズ、館内装飾などを考えていたのですが、それをコンセプト会議に持ち寄り、話し合うことにしました。コンセプトを統一することで、より良いサービス提供につながりますし、予算配分も決めやすくなります。
石角 ただ会議が増えることに抵抗を持つ方もいたのではないでしょうか。部署間コミュニケーションを促すのではなく、新たに会議を立ち上げたのはなぜですか。
小巻 「連携しましょう」「横串の体制をつくりましょう」と100回言っても、動かない人は動かないと思います。そうであれば連携の場所をつくって、やることを決めてしまった方がいい。
たとえば野球のコーチがバッターに「ボールをよく見ろ」と繰り返しアドバイスしても、すでにボールをよく見ているバッターは、これ以上どうしたらいいのか分からないでしょう。一方で優秀なコーチは「ボールの縫い目を見るんだ」と具体的に指導します。
石角 解像度を上げて伝えるのですね。そうすれば何をすればいいのかが明確になります。
小巻 実際、コンセプト会議を始めてすぐにいろいろなことがうまく回るようになりました。もっと時間がかかると思っていたので、驚きました。きっとみんな課題に気づいていたものの、対応できずにいたのでしょうね。お試しのつもりで始めたコンセプト会議ですが、今でも続いているんですよ。
石角 今のお話は、DXやリスキルを推進するうえでとても大事なポイントだと思います。DXは具体的に方法が決まっているものではありません。そのため経営者が「DXを進めよう」と言っても、社員は何をすればいいのか分からない。DXという単語だけが独り歩きしてしまっているのが現状です。リスキルも、給料アップなど具体的なメリットが示されないまま勧められても、勉強すべきことが分からないし、本気にもなれません。
コンセプト会議のように先に課題解決の場をつくり、ゴールドリブンで連携を進めていくというのは、重要なアプローチだと思います。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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