ネットやモバイルと同等、あるいはそれ以上の革新をもたらす技術として生成AI(人工知能)が広がりつつある。急激な変化の時代が続く中、トップ経営者や専門家は何を目指していくのか。AIビジネスデザイナーの石角友愛氏が、具体的かつグローバルな議論を展開する。今回は老舗自動車部品メーカーである旭鉄工(愛知県碧南市)代表取締役社長の木村哲也氏を迎え、同社が取り組むIoT(モノのインターネット)のシステムや現場のモチベーションアップの手法について議論した。(対談は2023年4月21日)
石角友愛氏(以下、石角) 旭鉄工はトヨタ自動車の1次サプライヤーですが、木村さんはもともとトヨタの方で技術者として長く勤めていたそうですね。
木村哲也氏(以下、木村) ええ、技術部門で18年、生産調査部で3年、合計21年勤務していました。
石角 21年も働いたトヨタを辞めて旭鉄工に移ったのはなぜですか。
木村 旭鉄工の現会長の娘婿だったからです。トヨタには一般枠で入社したのですが、その後結婚。いずれ旭鉄工を継ぐことになると認識はしていました。ただトヨタでの仕事が面白すぎて、先延ばしにしていたんです。
石角 それほど魅力的な仕事だったのですね。どういったことをされていたのか気になります。
木村 車両運動性能や操縦安定性に関する製品開発や先行開発です。石角さんがお住まいの米国でもよく走行試験をしていたんですよ。技術者ですがテストドライバーの資格もあり、自らテストコースで車を走らせていました。車が好きなもので、趣味が仕事になったような感じでしたね。
とはいえ、いつまでもそのままではいられません。旭鉄工からの要請もあって2010年に技術部門を離れ、生産調査部に異動しました。
石角 生産調査部といえば、トヨタの柱である「トヨタ生産方式」を推進する部署です。辞めると分かっている社員をなぜそのような重要なところに配属したのでしょうか。
木村 私はずっと技術部門にいたもので、生産に関することはまったく知識がありませんでした。その状態では、旭鉄工で社長になったときに困ると配慮してくれたのでしょう。実際、生産調査部には他にも私と似たような立場の方がいましたから。
石角 トヨタ系企業にとって修行の場でもあったのですね。ただそれまで技術一筋だった木村さんにとって、生産は初めてのことばかりで大変だったのではないですか。
木村 そうなんです。部署の文化も使われている用語も全然違いました。ですが、それまで18年勤務してきたため、生産調査部では課長級でした。それに見合う仕事をしなければいけないと、ゼロから猛勉強しましたね。大体週4日はトヨタの自社工場か仕入れ先の工場に行き、「カイゼン」活動をしていました。
石角 ここからは旭鉄工に移ってからのことを教えてください。現在、どのようにDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めていますか。
木村 大きく分けて2つあります。1つ目はIoTを活用したカイゼンと変革です。製造の原価や電力消費を正確に測定できるようにして、競争力を強化しました。2つ目はIoTシステムの外販とコンサルティングです。別会社を立ち上げ、新ビジネスを創出しました。
石角 「IoTと人工知能技術を用いた、設備稼働状況モニタリングおよび報知システム」で、18年に「第7回ものづくり日本大賞」の特別賞を獲得されています。IoTは木村さんが旭鉄工に入社されてから取り組み始めたのですか。
木村 そうですね。13年に旭鉄工へ役員として加わったのですが、このIoTシステムは14年ごろに開発を始めました。当初は社内向けだったのですが、一定の成果が得られたため、16年にi Smart Technologies(愛知県碧南市)という新会社を設立して「iXacs(アイザックス)」という名称で外販を始めました。
石角 もともと社内用に開発したものだったのですね。ただ、自社でうまくいったからといって、それをそのまま外販しても、成功するのは難しいというイメージがあります。というのも、導入する企業はニーズや設備条件などがそれぞれ異なります。そのためできるだけ簡単に導入できるようにしたり、カスタマイゼーションが少なく済むような設計にしたりする工夫が必要です。ここに苦労する企業が多い印象です。
木村 まさに、最初のころは自社のテストでは成功しているのに、他社で使うと見たこともないエラーが検出されるといったトラブルがよく起きていました。そこでシステムを高度化していきました。クラウドで運用しているので、バグの修正や機能追加などでアップデートも頻繁に行っています。
ですが社内で使っているものとまったく同じシステムを提供しているのに、導入企業ではなかなか同じような成果は出なかった。そこでどんどんサポートを手厚くしていき、生産性アップのためのコンサルティングも始めました。
石角 ただシステムを売るだけではなく、最大限活用するためのサポートやコンサルティングもしているというのはiXacsの強みですね。
石角 木村さんの著書を読んでいて「原価の見える化」の取り組みが非常に興味深いと感じました。AI活用に関して製造業の方からご相談をいただくことが多いのですが、正確な原価の把握ができず、商品や事業ごとの収支がつかめないという悩みをよく聞きます。
営業だけでなく、さまざまな部門が参加する会議を立ち上げて、横串で原価について議論しているそうですね。原価に向き合い始めた背景を教えてください。
木村 一番の目的は、もうけの把握です。私が社長になった当時、完全に赤字体質でした。売り上げが多ければ黒字になるものの、売り上げが下がればすぐ赤字に転落する。現場は一生懸命製造しているのに、もうからないのはおかしいと感じていました。そこで一つ一つの原価を詳細に調べてみることにしたんです。
石角 正確な原価はどのように算出したのですか。
木村 IoTを活用しました。仕組みとしては、製造ラインの設備にセンサーを取り付けて、機械に付いている扉の開閉などによるパルスを受信機へと送る。パルスの数と間隔から、製造個数の他、1個製造するのにかかった時間であるサイクルタイムが分かります。パルスがない時間からは、設備の停止状況が分かります。
トヨタ生産方式では、従業員がストップウオッチを使ってサイクルタイムを測っていたため、当初は同じようにやっていました。ですがそれでは精度に問題がありますし、一日中測っているわけにもいきません。そこでその作業をセンサーに置き換えたのです。
石角 ストップウオッチだと、人によって精度に差が出やすいですし、計測作業をセンサーに任せられるなら人件費削減にもつながりますね。
木村 センサーで測ったサイクルタイムから原価を計算してみると、1個あたり10円としていたものが実際には20円だったなど、原価の見積もりが甘いケースが次々と判明しました。設備の稼働時間も想定と実態がかけ離れていました。
石角 正確な原価が分かれば営業で適切な額を提示でき、収支改善にもつながる。原価の見える化の効果は大きいですね。
木村 ええ。またこれらのデータをもとに人件費削減などを進め、13年比で年間4億円の労務費を削減できました。
石角 iXacs導入の際は、従業員がお客さまの工場を訪問してセンサーの設置場所を決め、取り付け作業をするのですか。
木村 今はコンサルタントの希望で1回は現場確認に行っていますが、写真などで製造ラインが確認できれば訪問せずに導入することも可能です。必要な機器は郵送し、導入企業に自ら設置してもらいます。
センサーを取り付けるラインは相談して決めますが、基本的には工場全体ではなく、残業が多い、売上金額が高いなど、改善の必要性が高いところにしています。
石角 一度も現場に行かずに設置できるとは、驚きです。以前、半導体の品質管理プロセスにAIを導入するというプロジェクトを手掛けたのですが、そのときは現場にエンジニアを派遣しました。画像認識の案件だったため、画像の質を担保するためにカメラの配置にこだわる必要があったんです。
現場に行くとなると、どうしても労働集約型モデルになりやすい。特にiXacsのような外販商品・サービスでは、利益が出しにくくなります。ですので、完全リモートを可能としていることは画期的だと思います。
木村 センサー設置時だけでなく、コンサルティングも半分はリモートなんですよ。コンサルティングにはサイクルタイムや設備の遅れ・停止などのデータが必要ですが、こういったデータは実はきちんと把握されていないことが多いのです。データがあっても不正確なケースもあるため、訪問して測定しなければいけません。ですがiXacsを導入していれば、データはすでに取得済みで、共有できている。そのためリモートでも問題なくコンサルティングができます。訪問しない分、コンサルフィーも抑えられます。
石角 i Smart Technologiesを立ち上げたことで、木村さんは旭鉄工と社長を兼任されることになりましたが、製造業とシステムの外販は大きく異なります。どのように仕事のすみ分けをされているのですか。
木村 今は9割ぐらいがi Smart Technologies関連の業務ですね。というのも旭鉄工社内にはすでに私の考えが浸透しているんです。だから通常のオペレーションについて口を出す必要はほとんどありません。ただ現場のモチベーションアップには力を入れています。
具体的には現場からカイゼン報告をしたいという連絡があれば、必ず足を運んで話を聞きます。週に3~4日は現場に行っていて、1日で5カ所回ることもありますね。
石角 週4日も行くとなるとかなりの負担だと思います。オンライン会議ツールやチャットで報告を受けることもできると思いますが、なぜ自ら現場に行くのですか。
木村 私が社長になる前、社内の一部でカイゼン報告会は「罰ゲーム」だと考えられていたそうです。順番が回ってくるので一生懸命準備をして報告するものの、管理者などからは「アレができていない」「コッチは考えたのか」と怒られるばかり。全然楽しくなかったそうです。それではモチベーションは上がりませんよね。
石角 頑張ったところではなく、できていないところばかり指摘されるのはつらいですね。報告会の順番が近づいてくると、憂うつになりそうです。
木村 そこで私はカイゼン報告会ではできるだけニコニコして、文句をつけないようにしています。良いところを見つけたら「よくできました」「すばらしい!」などのスタンプを押し、言葉でもたくさん褒める。
その効果もあってか、最後に撮る集合写真ではみんな笑顔なんですよ。報告の内容や様子は、Slack(スラック、ビジネスチャットツール)で共有しているので、私が現場に要望した内容は全体に伝わります。
石角 スタンプというのがいいですね。わくわくします。それに社長から直接お褒めの言葉をもらえると、やる気にもつながると思います。現場の問題を知っているのは現場なので、声を上げやすい文化が形成されているというのは非常に大事ですね。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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