シリコンバレーを拠点に、日本企業をはじめ多方面でのAIの導入推進をいち早く展開するパロアルトインサイトCEOの石角友愛(いしずみ・ともえ)氏に、生成AIの普及を契機として変容していくビジネスモデルとケイパビリティ、日本企業が進むべき戦略、AI人材の未来、また米国で今話題となる「AIアライメント」についてなど、幅広いトピックについて、AINOW編集長の小澤健祐氏を聞き手に迎えたスペシャルインタビューをお届けします。*本記事は、2023年5月24日に取材した内容をもとに作成しています。
小澤健祐氏(以下、小澤):
今日は、日本と海外、特に日本がどうAI戦略を取っていけばいいのかというマクロな視点でお話を伺っていければと思っています。まずその前に、このアメリカでの動きから入っていきたいと思います。ChatGPTが出て、GPT-4が出てというところですが、シリコンバレーでは今どんな動きになっているのか、 よかったら伺ってもよろしいですか?
石角友愛氏(以下、石角):
今、シリコンバレーで話題となっていることの99%が生成AIの話だと言われるぐらいです。起業家も「生成AIを使ってどういうアプリを作って会社を立ち上げるか」という話をしていて、投資家側も「生成AI関連のスタートアップだったらとりあえず投資しよう」と。スタートアップコミュニティでは、まさに生成AIブームです。
それがシリコンバレーの状況ですが、それと同時にOpenAI社CEOのサム・アルトマンが議会で発言していたように、ワシントンDC側では、規制強化というほどの強硬姿勢ではないものの、このまま進むとどうなるか分からない、という意見が出ています。それは政策を作る政治家だけの意見ではなく、チューリング賞を受賞したヨシュア・ベンジオ教授や、この間Googleを辞めたことで大きなニュースになったジェフリー・ヒントン教授などの、AI/ディープラーニングの重鎮、ゴッドファーザーと呼ばれる人たちからも、やはり少し気をつけた方がいい、という意見も出ています。「便利だよ」「儲かるよ」「ビジネス側ではこんなに仕事がしやすくなるよ」というようなポジティブな意見が出ていると同時に、やはりそれをちゃんと使っていくための建設的な議論をしていこうという動きも出ていますね。
小澤:その点で言うと、日本政府に比べて一歩進んだ議論が行われているイメージがありますよね。その点はどう思われますか?
石角:そうかもしれないです。ただこの間G7サミットで議論もされましたし、アメリカとEUの方でかなり規制と正しいルール作りの話がされているので、日本でも「より正しく付き合いましょう」という議論はこれから増えるのではないかなと思います。
小澤:G7もありましたし、AI戦略会議も発足して、議論も進んでいる感じですが、やっぱり一歩遅れている。半年ぐらい遅れている印象があります。まさにこの世間的な注目が集まっている中で、市場の変化みたいなところをどのように捉えられているのかなと伺いたく、マーケットが、特にアメリカではこの業界が結構変わり始めている、というような例はございますか?
石角: ChatGPTやGPT-4の登場で、業界もですけど、職種も仕事の仕方が根本的に変わると思っています。例えばマーケティング。SNSのマーケターで、今までツイートを書いていた人や、動画編集をしていた人も、生成AIを使うことで効率や求められるクオリティが格段に上がることが予想されます。ChatGPT自体はテキストベースですが、 APIを通すとマルチモーダルに使えるため、さまざまなコンテンツ生成に応用可能なのです。
私の最近の使い方としては、Podcastをやっていて、音声のファイルを今まで編集するのは大変だったのですが、ChatGPTのAPIを通すと音声ファイルを一気に議事録にしてくれます。その議事録の質も他の議事録アプリと比べてすごく良くて、議事録にしたものを今度はChatGPTで簡単に記事にすることができます。
動画の編集も最近はChatGPTでできます。これまで動画や音声の編集は、それぞれのファイル上で「こことここをカットする」などの作業をしていましたが、今はそれがマルチモーダル化されているので、「文字でここの箇所を消す」と指定すると、動画の編集ができたりします。今までは、動画は動画として、音声は音声として、テキストはテキストとして、とそれぞれ分かれていた作業が統合されてきており、仕事の仕方自体が劇的に変わっている。特にマーケティングや営業、クリエイティブの領域では、そのように感じます。
ただクリエイティブで言うと、最近ハリウッドのライターズギルド(スクリーンプレイライターや脚本家の集まり)の人たちがストライキを起こして大きなニュースになっていました。そのなかでもChatGPTとの付き合い方が問題になっていて、ChatGPTで簡単に文章が書けるけど、テレビの脚本家たちの仕事はどうなるのか、と脚本家たちが団体になりストライキをして、きちんとルールを作ろうという話になっています。このように、エンターテインメント業界も今何か変わりつつあると、ChatGPTの登場で感じます。
職種で言うと、マーケティングやコミュニケーション、プレスリリースなどもChatGPTで効率的に書けますので、広報なども大きく変わってくると言われています。
あとは採用ですね。アメリカでは、日本のエントリーシートのように画一的に採用をやっているわけではないですが、やはり「書く」というところをすごく重視してきていますので、今後GPTの時代になるなかで、どうやって採用をより効果的にやっていくのかというような議論はよく聞きます。
また、教育における変化も見過ごせません。教育の関係者は今すごく悩んでいる最中だと思います。大学や教育機関によってはChatGPTを一気に禁止して、とりあえず時間を稼ぐと。禁止したところで100%生徒が使わなくするというのは事実上無理ということは当然学校側も理解していますが、ポリシーとして、ルールとして禁止しながら、ChatGPTとの建設的な付き合い方というのをルールを作って整備をするための時間を稼ぐというようなアプローチの学校もあれば、どちらかというと推奨しましょうと、「ChatGPTありきでの教育」というものをどんどん考えていこうという側の教育機関もあって、本当に今は皆どうすればいいのか分かっていない状況ですが、業界で言うとその辺りがすごく変革しつつあるなという風に思います。
小澤:ありがとうございます。先日松尾先生にお話を伺った際に「これからは基盤となるモデルがトランスフォーマー」とおっしゃっていて、石角さんが今おっしゃっているようにマルチモーダルにできるかというところが本当に重要になってくると思います。
今のお話を伺っていると、 業界が変わるというよりも職種が変わっていくと、業界ごとのバーティカルAIが今まで重要という話はありましたが、どちらかというとホリゾンタルに考え方が変わっているようなニュアンスを感じたんですけど、そのあたりはどう思われますか?
石角:そうですね。業界の垣根が今ものすごく抽象的になってきている。それは生成AIの登場よりも、もうちょっと時間を戻して、DXやITによるデジタライゼーションのおかげです。例えば自動車業界と言っても、UberやGoogleも自動運転をやっているけれど、ソフトウェアの会社であってハードの会社ではないですし。業界の縦の構造が第4次産業革命によって、AIやIoTやビッグデータなどの登場によって流動的になってきたのが過去10年間ぐらい特に顕著で見られる傾向だったと思います。
そのなかで、ファンクション、職種や機能で横串で見た時の統合的な機能が何なのかという考え方がすごく大事だということが、特にDXの文脈で言われています。例えば組織のあり方を考えた時に、縦で事業部ごとにDXをやるのか、でもその事業部を横串で見た時に統合機能というものがあると。たとえばカスタマーサクセスやオペレーションです。そうした統合機能を見た上でDXを効率的に進めていくべきという議論もここ5年ぐらいずっとされている。そのなかで、縦のサイロの考え方は実は非効率的だったりする。
そこから派生して、生成AIに関して言うと、私もよくインタビューで「今後なくなる仕事や業界はあるのですか?」と訊かれますが、何かの仕事や業界がまるっとなくなるということはないと考えます。そもそも、仕事や業界は細分化するといろんな職種が集合体になって成り立っているものではないですか。そのなかの、作業の一部を自動化することはあると思うのですが。
先ほど触れたクリエイティブ業界やエンターテイメント業界も、いろいろ細分化したタスクがあって職種があって、そのなかのどれがChatGPTや生成AIで効率化されるか、自動化されるか、という議論はあると思います。でもそれを俯瞰してみたら他の業界でも同じことが言えたりする。職種や業界で一番危ないという議論は、もしかしたら全体を見ていない議論なのかもしれなくて、もっと細分化して話をした方がより具体的に議論できるのではないかと思います。
小澤:最近、日本ではわりとChatGPTのAPIを簡単に使った、API系・APIを活用したサービスの企業や新しい事業がどんどん生まれているような印象がありますが、今おっしゃっているところを聞くと、もうすこしマルチモーダルなところ、未来の仕事のあり方を予想した企業がもっと増えていくべきだと感じました。その辺はいかがですか?
石角:そうですね。スタートアップで言うと医療系は結構バーティカルで参入障壁が高いですので、医療に特化して、医療の業務フローや医療の専門知識などドメインの知識を生かして、その中の特有の課題を解決するためにChatGPTのAPIを使ってアプリを開発しているスタートアップがアメリカでも注目されています。必ずしも業界別のプロダクトが成り立たないわけではないと思うのですけれど、特に参入障壁が高い規制産業や法律などといった分野との親和性が高いと思います。
でも、そうですね、未来的な仕事のあり方を考えながら逆算的にプロダクトをデザインしていくというところは面白いと思います。やっぱり、B2BとB2Cの垣根がこれからなくなってくる可能性もあると思っています。例えば、ChatGPTを通して自分のいろいろなメモを取ってくれるAIアシスタントのようなアプリがあったとして、それは仕事でも使えたりするわけですよね。プロダクトをローンチする上では、ユースケースや対象となるオーディエンス/ユーザーを絞った方がいいですが、そうしたものも最終的にはいろいろなところに広がっていく可能性を秘めている、というように思います。
小澤:今まで言語処理能力が高くなかったから結構ウズウズしていたのがAI業界の特徴だったかもしれません。やりたくてもできないことも多かった中で、これからの仕事を考えながらプロダクトに落としていく力が求められてくるのかなと思います。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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