ネットやモバイルと同等、あるいはそれ以上の革新をもたらす技術として生成AI(人工知能)が広がりつつある。急激な変化の時代が続く中、トップ経営者や専門家は何を目指していくのか。AIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。就職・転職のための情報サイトを運営するオープンワーク大澤陽樹社長との対談後編は、OpenWorkが持つユーザーのキャリアデータの重要性などについて議論した。(対談は2023年6月8日)
石角友愛氏(以下、石角) 今度は御社の事業について教えてください。勘や経験に基づく採用をやめて、納得度の高いマッチングを実現したいとおっしゃっていました。具体的にどのようなサービスを展開しているのでしょうか。
大澤陽樹氏(以下、大澤) ダイレクト採用サービス「OpenWork(オープンワーク)リクルーティング」を提供しています。企業は求めるスキルを持っているユーザーを検索し、直接スカウトを送ることができます。クチコミやスコアを競合と比較分析することで、自社の強みや弱点が見え、自社に合わない人材の傾向をつかむこともでき、マッチング精度も高まるでしょう
一方ユーザーは、企業の口コミを読んでから応募できるため、ミスマッチを防げます。OpenWorkの社員クチコミでよく使われるキーワードに対する印象を回答することで、その人にマッチする企業をおすすめする機能も追加しました。
石角 口コミをうまく活用した仕組みだと思います。御社はBtoB(企業間取引)とBtoC(消費者向け)両方の側面があるビジネスモデルなのですね。
大澤 はい。企業からはOpenWorkリクルーティングで採用につながった場合に成功報酬を、ユーザーからはOpenWorkの利用登録時に有料プログラムをお選びいただくケースがあります。
石角 採用において大事なのは、企業文化と求職者の相性だと思います。基本的に就職活動は指名検索で、求職者が名前も知らない企業に出合うことはなかなかない。そのため属性や自分の価値観に合う企業を紹介してもらえる、しかも口コミというエビデンスまでそろっているというのは、求職者にとってありがたいと思います。
石角 米国にもさまざまな口コミサイトがあって、私も就職活動の際はよく利用していました。ですが、どれも面接などで失敗した方の経験談が多く、合格した方の口コミは少ないなど偏っていました。求職者としては落ちた話だけでなく、受かった話も聞きたいんですよね。OpenWorkではこういった口コミの偏りはないのですか。
大澤 現在のOpenWorkの口コミは「Good」「Neutral」「Bad」の割合が2:6:2くらいですね。Neutralな口コミというのは主に人事制度や福利厚生、勤怠管理の方法など、人の主観に左右されにくい情報です。
石角 Neutralが半分以上を占めているのは、御社が何かしらの対策をされているからですか。
大澤 問いの立て方に工夫をしています。回答してほしいことを具体的に指摘したり、誹謗(ひぼう)中傷を禁じる注意書きをしたりするなどして、Neutralな情報が集まりやすくしています。
あとは日本ならではの側面もあると思います。日本では毎年800万人ほどが転職を希望するのですが、実際に転職をするのは半分以下の300万人ほど。残りの500万人は悶々(もんもん)とするものの、転職には至りません。
私たちはこのように悩んでいる状態を「悶々期」と呼んでいます。悶々期の方は会社が嫌いというわけではないため、口コミの内容はBadを含むものの、GoodやNeutralが多くなりやすい。それが影響しているのだと思います。
大澤氏は、日本では転職に至らない「悶々期」に入る人が多いと指摘する
石角 「悶々期」とは、非常に分かりやすい表現ですね。日本と米国では、悶々期の期間が違う気がします。米国では転職で悩むのはおそらく数カ月。でも日本では長い方では数年くらいかかるのではないでしょうか。1社での勤続年数が長いことも影響しているのかもしれませんね。
大澤 確かに、10年くらい悶々としている方もいると思います。でも悩んでいる方はOpenWorkに書き込むことで思考が整理されるようで「気持ちを言語化した結果、やっぱり辞めないことにしました」というコメントも多いんですよ。
石角 そうやって転職した人や、辞めた人ではなく、悶々期の現役従業員が口コミを書いているというのも、OpenWorkの特徴ですね。
石角 私がOpenWorkの魅力の一つと考えているのは、情報が一人ひとりのユーザーにひもづいている点です。ユーザーが転職した後もプラットフォーム上でそのユーザーの情報を追いかけることができるというのは、私が知っている限りでは、これまでの人事系のプロダクトにはなかった仕組みです。
大澤 鋭いご指摘ですね。我々としても、その点は大きな強みだと思っています。「採用時」だけでなく、「入社後」どうしているのかというデータは珍しく、活用の幅も広いと思っています。
石角 これまでのHR系のデータやプロダクトは、どれも「採用時」にフォーカスしていて、入社後の社員の満足度や離職率までカスタマージャーニーとして追跡していくものはありませんでした。もちろん、オペレーションの問題でそもそも調べられないという理由もあると思いますが、人事部もそこまでして把握する必要性がなかったのでしょう。
ですがOpenWorkの登場により、ユーザーがデータをフィードし続ける「場所」ができ、それぞれのキャリアが年単位で蓄積、データ化された。この仕組みに気づいたとき、率直にすごいサービスだなと思いましたね。
大澤 ありがとうございます。ご指摘の通り、日本には連続性のあるキャリアデータを持っている会社はありません。海外ではいくつか有名なサービスが誕生しています。
例えばカナダのスカイハイブテクノロジーズが運営する「SkyHive」は、採用プラットフォームと社内のタレントマネジメントシステム、ラーニングマネジメントシステムを統合したシステムをつくり、個々の従業員に合ったポジションの提案などのサービスを提供しています。政府と連携して、失業者に市場のニーズに合ったリスキリングのアドバイスもしているのも特徴的です。
今後、日本でもジョブ型採用が広がっていった場合、従業員一人ひとりに合ったキャリア構築が重要になってきます。企業がそれを考えていくためには、採用時などの「点」ではなく、入社前から現在までなど年単位で把握した「線」のキャリアデータが必要です。
実はOpenWorkの売り上げの3割は、3年以上前に登録したユーザーの利用料なんです。長く使い続けてくれているユーザーが多く「線」のデータとの相性はいい。日本の転職市場で「キャリアについて考えたり、データを残したりするならOpenWork」というポジションの獲得を狙っています。
石角 私も「線」のキャリアデータはますます大事になると思います。最近、米国では「線」で見たときの個々人のキャリアの強みと、企業のニーズをふまえたリスキルプロダクトが増えています。具体的には従業員の入社後のパフォーマンスや会社との相性を分析して可視化し、「DX(デジタルトランスフォーメーション)人材を育てたい」といった会社の要望を考慮して、カスタマイズされたリスキリングプログラムを開発するといった内容です。
今、オープンワークが日本企業から受ける相談の内容は「採用時」の課題に関するものがほとんどです。中でも「AIを使って、会社の紹介ビデオを見た人にレコメンドを表示したい」など、AIを活用した採用効率化にニーズがあります。今後は転職がより当たり前になると、「入社後」に従業員の職種やスキルなどに合った成長や学習の機会をつくることが大事になるはず。そうなるとカスタマイズされたリスキリングプロダクトへのニーズが高まってくると思います。
大澤 私も同じことを考えていました。採用だけでは解決できない課題も多いので、そこの解決をサポートしていきたいと思っています。
石角 大澤さんは日本でジョブ型雇用が広がっていくと思いますか。
大澤 時間はかかりますが、導入する会社は増えていくと思っています。もちろんメンバーシップ型雇用が悪いというわけではありません。変化があまり大きくない業界では、社内で柔軟に異動できるゼネラリストが大事です。そういった企業では、従業員を成長させるリスキリングが必要です。一方で変化が激しい業界では、社内でじっくり人材を育てていくのが難しいため、ジョブ型雇用を取り入れて社外から人材を採用するのがいいと思います。
石角 ジョブ型を導入すると発表する企業は少しずつでてきていますが、OpenWorkにはジョブ型に関してどういった口コミが投稿されていますか。
大澤 「ジョブ型を導入しているが、特に何も変わっていない」という口コミが多いですね。ただ内容を詳しく見てみると、「ジョブディスクリプションに見合わず昇格できなかったものの年収は落ちなかった」といったように、制度は変わったものの変化は感じないというのが事実のようでした。
いきなりジョブ型に切り替えると、企業は「不利益変更だ」と労働者から訴えられる恐れがある。そのため今はまだ厳しい変化にはなっていないようですが、制度としては導入が進んでいます。そのため5~10年後にはジョブ型がきちんと運用できる日本企業がでてくると思います。
石角 なるほど、それまでは希望退職者を募るなど日本の法律にのっとって新陳代謝を高めていくのでしょうね。では最後に、DX人材を採用したいと思っている企業に、人事の視点からアドバイスをお願いします。
大澤 OpenWorkの口コミを分析すると、DXやAIなどに向き合わない会社からはどんどん人が去っていく、または求職者から選ばれない傾向が見えてきます。DXを恐れず、むしろ積極的に取り組んでいくことが、結果的に外部からDX人材を呼び込むことにもつながるはずです。経営者の方は変化を許容して、DXやリスキルに取り組んでいただきたいと思います。
石角 日本企業では、社内の取り組みを社外にアピールする部分が少し弱いなと感じています。取り組みを始めたら、ぜひ会社のブログなどを使って状況を社会や求職者に伝えていってほしいですね。本日はありがとうございました。
(写真提供/オープンワーク、パロアルトインサイト)
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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