「次々と新しい技術が生まれるAI時代を生き抜くためには、4年に1度程度の学び直しが必要になる」。AIビジネスデザイナーの石角友愛さんはこう言います。では、どのようにすればいいのか。石角さんは求められる人材像と学び直しの方法に焦点を当てて『AI時代を生き抜くということ』(日経BP)という本にまとめました。書籍の一部を編集して紹介します。
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「π(パイ)型人材」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? これから求められる人材像という文脈で数年前から時々耳にするようになった言葉です。
「π型人材」という言葉が登場する以前、ビジネスの世界で優秀といわれる人は、「I型人材」「T型人材」「H型人材」といったタイプに分けて呼ばれることがありました。
まず「I型人材」というのは、タテに一直線に伸びる形のように、ひとつの分野に対して深い専門知識を持つ人材のことです。「スペシャリスト」という呼ばれ方もします。
「T型人材」とは、深く専門的な知識に加え、T字の横のラインが示すように、幅広い視野を持っている人材を指します。専門性と実務能力を兼ね備えた、バランスの取れた働き方ができる人といえばイメージしやすいでしょうか。
「H型人材」については、人によって定義が異っているようですが、ひとつの専門分野を持ちながら、自分とは別の専門分野を持った人との橋渡しや、連係ができる人材を指している場合が多いようです。もともと自らが「I型人材」でありながら、別のジャンルの「I型人材」とつながることができる人といったニュアンスです。「越境人材」と呼ばれることもあります。
これら3つの人材像に対して「π型人材」とは、「ダブルメジャー」とも呼ばれ、自分の強みとなる専門分野を2つ(以上)持っている人のことを指します。単に専門分野が2つあるだけでは「II」になってしまいますが、それをつなぐ広い視野があることがポイントです。つまり「T型人材」が専門分野を2つ備えているようなイメージで「π」と表現されています。「T型人材」や「H型人材」以上に希少で、企業に重宝される人材といえますし、転職市場でも高く評価される人材です。
リスキリングの本質は、「π型人材」になるための学びであると考えます。
そして、変化の激しいAI時代においては、このπ型人材の考え方をさらに進化させた「π型人材2.0」こそが、求められる人材像だと考えています。
「π型人材」になりましょうと言うだけでは曖昧ですし、「自分には到底無理だ」と考える人もいるかもしれません。
ですから、ここで私が考える「π型人材」と、その進化系ともいえる「π型人材2.0」の特徴について、もう少し詳しく解説していきたいと思います。この「π型人材2.0」こそが、リスキリングに成功した自分が到達すべき人材像になります。
まず、πの文字に向かって左脚を自分が現在持っている専門分野のスキルと考えてみましょう。これを本書では「ドメインスキル」と呼びます。例えば営業部にいたなら営業スキル。マーケティング部にいた人であればマーケティングスキル、エンジニアであればプログラミングスキルなどです。
企業で何年か働いたことがある人なら、何らかのスキルが身に付いているはずです。「自分には何のスキルもない」と感じているなら、連載後半で紹介するスキルの棚卸しのワークをやってみるといいでしょう。
いずれにしても、これまで培ってきたドメインスキルがあなたのキャリアにおける最初の柱になります。このスキルが一体何に当たるのかを棚卸しして整理することから、リスキリングはスタートします。リスキリングというと、今まで培ってきた経験を捨てて、新しいことを学ばなくてはいけないと思っている人がいるかもしれません。そうではなく、あくまで今までのドメインスキルを軸にして、新たな2本目の柱をつくるといったイメージなのです。
そして、πの右脚となるのが、まさにリスキリングで獲得する新しいスキルです。これを本書では「スパイク(とがった)スキル」といいます。ここで重要なのが、スパイクスキルはドメインスキルと相乗効果をもたらすスキルを選ぶことです。
前述した通り、リスキリングは足し算で考えるのではなく、掛け算で考えるべきです。何の戦略もなしに資格を取り続けるのは足し算の発想です。しかし、現在持っているドメインスキルに掛け合わせられるスパイクスキルを選べば、同じ時間をかけても、リスキリング後の効果が2倍、3倍になります。例えば今ならばチャットGPTを使いこなす技術も、ドメインとの掛け合わせで効果を発揮するスパイクスキルに相当するでしょう。
そして、もともと持っていたドメインスキルと、リスキリングによって加わったスパイクスキルを統合する力がπの字の横軸となります。この横軸を本書では「マスタースキル」と呼び、これをドメインスキルとスパイクスキルの「統合力」と定義したいと思います。2本の脚を獲得するだけでは不十分で、この2つを統合する横軸が重要なのです。
日本でも話題になったクレイトン・クリステンセン教授らの著書『イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル』(翔泳社)で、クリステンセン教授らはイノベーションに必要なスキルのひとつに「Associative Thinking」があると定義づけました。日本語に訳しにくい言葉ですが、同書では「関連づける力」と訳されています。
みなさんもご存じの通り、イノベーションは全くのゼロから生まれるものではなく、何かと何かを掛け合わせて生まれることがほとんどです。異なる知識や異なる分野、異なる技術の点と点を結ぶことで、新しい価値が創造されます。この原理と同じように、π型人材はドメインスキルとスパイクスキルを、πの横軸であるマスタースキルで関連づけ、統合できる人材といえます。
ITスキルをドメインとして生まれたイノベーションの典型的な例は、米アップルの故スティーブ・ジョブズ氏が世に送り出したパソコン「Macintosh(マッキントッシュ、Mac)」がわかりやすいと思います。
Macで採用された美しいフォントは、ジョブズ氏が大学をドロップアウトした後に学んだカリグラフィー(文字を美しく見せる手法)のたまものだったといわれています。
後にジョブズ氏は、2005年にスタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチの中で、「もし、大学をドロップアウトしなかったら、カリグラフィーのクラスに参加することもなく、パーソナルコンピューターが今あるような美しい書体を持つことはなかったでしょう」と打ち明けています。
これは、ジョブズ氏が持っていた電子工学や電子工作のドメインスキル(専門スキル)と、カリグラフィーというスパイクスキル(とがった新しいスキル)が、マスタースキル(統合力)によって結合されたことによるイノベーションといえるでしょう。
イノベーションというと、大それた話に思うかもしれません。しかし、ひとりの人間が自分の持っている力(ドメイン)と力(スパイク)をつなぎ合わせて(マスター)新しい価値を提供すること、つまり求められる人材になることと考え方は同じです。
(『AI時代を生き抜くということ』第2章 今求められる「π(パイ)型人材」より再構成)
https://reskill.nikkei.com/article/DGXZQOLM18B7K0Y4A410C2000000/
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
※石角友愛の著書一覧
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